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『約束のブーケ』
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『約束のブーケ』-10

「俺も透と同意見だ、修輔」

僕の弾いた曲のゆるやかな余韻が部屋の中に立ち込めていた。
それは今まで自分の曲を聞いていた時とは違う、何かに満たされた気持ちが僕の心を支配していた。

「こんなピアノを弾ける人間が、優しくないはずがないんだ。今の透の存在がそれを証明している」

やがて聡さんは机の前に戻ってくると、元いた場所に落ち着いて僕を見た。

「だから、これからも、透をよろしく頼む」

「はい」

自然と僕は頷いていた。
頷きながら、僕は昔の記憶を引っ張りだす。
当時、市の運営するホールで毎年開かれていた中学生によるピアノコンクール。
校内で一人だけ選ばれた僕はその時スランプに陥っていて、何を弾いても自分のイメージに合わなくて悩んでいた。
コンクールが近づき、どうしようもなくなった時、ふと僕の中で鮮明なイメージが浮かび上がった。
優しくて、包み込むような音色。
心を洗う綺麗なメロディ。

そう、あれは確か・・・明良が得意な曲だったんだ。





「…結局全部学校でやるってことになってな。そこでお前の力が借りたいんだ」

久しぶりに呼び出されて聡さんの話を聞いた。
彼は大学在学中に教員免許を取得し、卒業後に地元の中学校に赴任することになった。
驚くなかれ、僕の母校である。
聡さんが言うには、そこの同僚の先生が近々結婚式を挙げるという話らしい。
新婦の名前には憶えがあった。
音楽室の鍵を僕に託していたあの先生だ。
職場結婚だそうで、それはめでたい。

「お互い安月給で資金もないらしくてな、生徒からの提案もあって学校で式を挙げようってことになったんだ」

別に僕の通っていた学校はカトリック系でもなんでもないのだが、そういう話を聞いたことがないわけでもないし、当人達がよければアリなんだろう。

「修輔には式の伴奏をお願いしたいんだ」

僕の名前が出たということは、聡さんの口添えによる物だろう。
周囲でピアノが弾ける人間はいるか、とでも聞かれたのなら納得がいく。
僕はその話を二つ返事で引き受けることにした。
すでにこの時、東京の音大に推薦の決まっていた僕は受験勉強をする必要もなかったし、他ならぬ聡さんの頼みだった。
当時は透と一緒にいることが多かったからか、聡さんは僕を実の弟の様に可愛がってくれた。
今まで年上の人間とこんな風に付き合ったことのない僕にとって、それは新鮮な体験だった。
恩義がある。

…そして何よりも、あの音楽室でピアノが弾けるというのは僕にとって特別なことでもあった。



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