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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-88

「…クリ…ス………」
 呻くように呟き、エリックはCS装置に手を触れる。真空断熱技術を使っている為に殆ど冷気は伝わってこないが、金属製なだけあってやはり冷たい。
「何故……」
 複数の意味を込めた言葉。何故此処にクリスが居るのか?
そして今こうして保管されているだけというのは、どういう事なのか……
エリックは内心答えを予想しつつ、掠れた声を絞り出す。
「…エルが攻撃した基地を陥落した際に、見つけました。設備の整った病院へ搬送するつもりだったようですが、手遅れです。解凍すれば、処置する時間も持たずにクリスは……」
 予想通りとも言える答え。なのだが…エリックの心に生まれた動揺は自身の予想以上だった。少しでも、無意識の内に期待していたという事実を、認めざるを得ない。
「………くそ……くそ………くそ…っ」
 CS装置の小窓に這わせた指の冷たさに、エリックの思いはじわりと溢れ出す。
「これじゃあ……!!」
 死んでいるのと同じだ。そう言おうとして、だが言えずに、エリックは小窓に這わせていた手を、握り締める。その下に見えるクリスの顔。
目を開く事も。体温も鼓動も時間も。氷付けとなり密閉された空間には望むべくも無く。
『生きている』という事に必要な全てが、欠如していた。
「……出て行って…くれないか…!」
 頼むというよりむしろ命令のニュアンスを含んだ声で、傍に立つアリシアへ告げる。
「………はい」
 意外と素直に、アリシアは扉の方へと歩き出す。アリシアの目的はクリスとエリックを引き合わせる(?)事で、それ以上は感知しないという事だろうか。
アリシアが部屋を出て行き、扉が閉まる音を背中で聞いた途端。エリックは崩れ落ちる。
残酷な現実に打ちのめされたかの如く膝をつき、その身体を支えるようにしてCS装置に手を突いた。そして救いを求めるように、小窓へと顔を近づける。
青白い光の中。クリスが小窓の下、氷の中に居る。
氷越しで少し色褪せて見える亜麻色の髪。整った顔立ち。
「……ぅ……ぅ……くぅ……ぅ…」
 エリックの喉から漏れ始めるのは、嗚咽。
それが示す物は、余りに残酷な運命に対する抗議なのだろうか。
「…ぅ…ふ……はは…ははは……」
 やがて嗚咽は、薄ら笑いへと変じていく。
「ははははは…やっと…会えた………はッはッはッはッはッはッッ!!」
 滲むのは、歓喜。自分が最後に見た姿と寸分違わぬ姿のクリスに、再び会えた事への。
可笑しくて堪らないとばかりにCS装置の前で立ち上がり、笑い出すエリック。
その姿は、狂気という言葉を以ってしても表現できるか危うい。
「はははは……ははっ……」
 しかしやがて、笑いが小さくなっていく。小刻みに震え出す体を抑えるが如く自身の二の腕を掴み、エリックはCS装置に背中向けにもたれかかった。ずるりとへたり込み、笑いの余波を示すように時折しゃっくりの如き痙攣を繰り返す。
「…ははッ……ははっ………はは…………」
 やがて完全に動きを止めて俯いたエリック。その瞳から一粒二粒と水滴が流れ出し……
「………ぅ…っ」
 水滴は流れとなり、頬を伝う。
「ぅぁァアアアアアアアアアアアアアッッッッ――――――――ッ!!」
 突如として、エリックは雄たけびを上げた。
全力で、息の続く限り叫ぶ。
「ぁぁァアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッッ!!!」
 息が切れたら吸い、再び叫ぶ。
「アァァァアアアアアアアアアア―――ッッッ!!」
 何度も繰り返し、叫ぶ。
全ての現実を否定するように。全ての苦しみを拒否するように。
―――――――何も考えなくて済むように。
エリックはただ、叫び続けるしかなかった。


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