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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-54

第十九話 《変後暦四二四年二月二二日》


 エリックは、只管に南研究棟の中を走る。この研究棟内は広い。
しかしその広い研究棟の中で、銃声が聞こえてくる。
つまり、敵が内部まで入り込んで居るという事だ。
「ちっ……格納庫まで占拠されてたりはしないだろうな…?」
 一人ごちながらも、エリックは走る足を休めない。一応、手には大きめの拳銃が一丁。
と、前方にある曲がり角から飛び出してくる人影二つ。着ているのは、ナビアの戦闘服。
服を確認したら、即座に撃つ。エリックは迷わず、拳銃の引き金を引く。
敵もエリックに向けて発砲しようとしていたようだが、持っていたアサルトライフルが火を噴くよりも、彼らの胴体にエリックの放った銃弾がめり込む方が早かった。
衝撃にか苦痛にか、仰け反る敵兵二人。血飛沫が、床を濡らす。
しかし彼らは足を踏ん張って立ち直ると、何事も無かったかのように銃を構えなおした。
「!?」
 防弾チョッキという可能性は無い。傷口からは、確かに血が出ているのだ。
根性で耐えられる痛みとか、そうゆうレベルのものでもない。
思わず愕然としているエリックに、敵兵達は照準を合わせ……
しかし彼らの銃は、弾を吐き出す事は無かった。がくりと、敵兵二は膝をつく。
そして一瞬遅れて、その首筋から、血が噴出していた。
「………あ……はぁ……ぁ…」
 続いて聞こえる、恍惚としたような女の声。
事態の展開に一瞬ついていけなかったエリックだが、その声を聞いて我に返る。
「……ローラか…」
 そう。エリックの危機を間一髪救ったのは、南ゲート付近に配置されていたローラだ。
両手にナイフを持ち、身体は既に真っ赤だ。全て返り血らしく、怪我した様子は無い。
飛沫く血を浴びてうっとりしている彼女。そのナイフが、先程引き金を引く直前だった敵兵のうなじにある神経群を断っていたのだ。
恐らくほぼ同時に、頚動脈を掻き切ったのだろう。
「……ふふ……熱くて…美味し……」
 ローラはナイフに付着している血をぺろりと一舐めして、妖しく笑う。
彼女が傭兵をやっている理由は、これである。
神経を絶てばもう相手は死んだも同然なのに、わざわざ派手な出血を起こす頚動脈を狙う。余裕があれば、生きた敵兵をじわじわと殺す場合もある。そして、降りかかる血や肉を斬る感触に、極上の悦楽を得る……つまり、異常快楽者だ。
普段こそ普通だが、一旦スイッチが入ってしまうとこの通りである。
「……ったく…その癖どうにかなんないのか……」
 エリックは、辟易とした様子でローラに声をかける。味方とはいえ、ローラのこの性癖はあまり気分の良いものではない。
「…あら、エリックじゃない………」
 今初めてエリックに気付いたという様子で、ローラは答える。エリックに視線を遣る彼女の瞳は何処かとろんとして、妖しげな雰囲気を醸し出している。
「…だってぇ……イイのよぉ………温かい血が…」
「言うな、気分が悪くなる。このヨゴレが」
 嫌悪感も露に、エリックはローラの言葉を遮って吐き捨てる。
「ヨゴレなんて酷ぉい……私、穢れも知らない乙女なのにぃ……ふふ…確かめてみる…?」
 誘うように、エリックを見つめるローラ。相手がローラでなければ少しはときめきもあったのかも知れないが、血塗れの女に言い寄られて興奮する趣味は、エリックには無い。
「遠慮しとく」
 付き合ってられんとばかりに、エリックは再び格納庫を目指す。そんなエリックのに、やれやれといった感じでローラは首を振った。そして彼女の瞳に、普段の光が戻る。


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