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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-5

「………」
「それじゃ、おやすみ。」
まだ名残惜しそうなクリスを敢えて無視し、エリックはさっさとベッドに潜り込んだ。
遅れて高まってきた鼓動を鎮めようと、目を閉じる。
ベッドは既に冷たくなっていたが、火照りを冷ますには好都合だ。
とりあえずワーカーの部品名を頭の中で羅列し、妙な考えを追い出す事に集中する。
と、突然衣擦れの音と共に、背中付近の温度が上がった。
いや、温かいものがベッドに入って来たのだ。
「……ちょっと詰めて。ここ狭いから…」
 確かに三段ベッドの広さなどたかが知れており、二人で使うにはやや不足だろう。
「あ、ああ……確かに狭いからな…」
 思わず答えて、奥にずれるエリック。
…だがそこで気付いた。今の問題は決してそんな事では無い。
ワーカーの部品名に集中していた為に、虚を突かれてしまった。
「……って違うっ!」
 エリックが振り向くと、すぐそこにはクリスの顔。
「な……、な……な…!?」
 思わぬ急接近に、エリックは『何してる』の一言を告げる事もできない。
「……今日は…こうして寝たいから……」
 はにかむように、顔を赤くして言うクリス。
「…っても、いくらなんでも……」
 その様子に吹き飛びかけた思考をどうにか繋ぎとめ、エリックは言葉を搾り出す。
「………駄目…?」
 クリスの瞳に、不安の翳りが生まれる。表情も、少し硬くなっていた。
「…………好きにしてくれ…」
 そんな表情をされて断れるエリックでもなく、顔を元の方に向けながら了承する。
さすがにこれ以上、クリスの方を向いては居られなかった。
「…うん……」
 背中から嬉しそうな声が聞こえ、背中に感じるクリスの面積が大きくなった。
恐らく、ひっついてきたのだろう。
(落ち着け………落ち着くんだ、俺……)
 もはや気が気でないエリックは、ひたすらに自分を落ち着けようと精神を集中する。
(ナビア軍規八十二条兵器整備における規則その二の十二。マニュピレータ系アクチュエータの整備は原則として三級整備士以上の免許を持つ者が行うものとし…むにってぇぇぇええ…)
 必死で精神を保とうとするエリックだったが、背中に伝わってくるクリスの感触が、それを許してくれない。
(……これはもしかして…誘われているのか俺…?)
 心乱された果てに、エリックはふとそんな事を考えてしまう。
(…よくよく考えれば普通こんな事しないよな……クリスだって子供じゃないんだし、そうゆう事も知ってる筈……でもクリスだからなぁ………)
 現状に於ける実情を把握しようとフル回転するエリックの頭脳。
(どっちだ……?やはりこういう時、しり込みするのは臆病者なのか!?いやいや、クリスの気持に整理がつくまで待とうと思ったのは俺だろう!いやしかし…)
 想像、妄想、憶測、決意、迷い…あらゆる思考が飛び交い、もはや煙でも出てきそうだ。
…ふと、エリックは気付いた。
背中の方から安らかな寝息が聞こえてきている事に。
寝返りをうつように、振り向いてみる。
そこには、子供のように穏やかなクリスの寝顔。
「……………」
思わず脱力するエリック。
「……はぁ…」
 ため息一つついて元の態勢に戻ろうとしたエリックだったが、引っ張られるような感覚があった。
見ると、いつの間にかクリスがエリックの服を掴んでいた。
まだ寝ている所を見ると、無意識の行動なのだろう。
自然と、二人は向き合うような態勢になった。
「……ほんとに…子供かお前は……」
 思わず苦笑してしまうエリック。
いつの間にか、妙な考えやらなんやらは消え去っていた。
「……意外と…甘えたがりだったんだな…」
 クリスの、その亜麻色をした髪を撫でつけ、エリックは呟く。
思わず漏れてくる笑みは、幸せの証拠なのだろうか。
穏やかな気持で、目を閉じる。
いい夢が見られそうな気がした。


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