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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-4

「………あたしが生まれたのは、インザック地方のレイヴァリーっていう所だったわ。」
そう言って、再び窓の外に目を向ける。その先に、過去の情景を見ているかのように。
「レイヴァリー……ジュマリア国立軍事研究所か…?」
 心底意外そうに、エリックが呟く。クリスは軽く頷いてから、先を続けた。
「ずっと…戦争が始まるまで、そこで育ったの。訓練もしたし、色んな専門知識も学んだわ。他にも、あたしと同じようなのも沢山居て、その一人がエルで………結局残ったのはあたしだけ。」
「……そうか…」
 恐らくクリスは、生まれた時から軍事訓練などを仕込まれたのではないだろうか。
物心つく前から訓練をさせる事によって殺人マシーンの如き兵士を作るというのは、割と想像しやすい話ではある。もっとも、それにしてはクリスはあまりに表情豊かだが。
「……実はね。あたしたちの次もそろそろ出てくる筈だし…あたしはもうすぐ、いらなくなるの。誰も、あたしを必要としなくなるわ……」
 自嘲気味に言って、クリスは俯いてしまう。
「だから、今の内に逃げるの…………」
 無感動に、クリスは続ける。いや、こころなしか、声が若干震えているような感じだ。
「ずるいよね……今あたしが逃げたらみんながどんなに大変か分かってるのに……」
声の震えは増し、もはや完全に判るものになっていた。
「自分の事ばっかり……あんたの事だって、本当は無意識の内に利用してるだけなのかも知れない。ううん、きっと自分でも気付かない内に計算してる。」
 クリスの言葉に、エリックは何も言うことができない。
「全部計算して、自分にメリットのあるように動いてるのよ。だからエルの事を忘れられないのに、あんたに好きって言ったりして……!」
 さすがに聞き捨てならなかったか、エリックは思わずクリスの肩に手を置く。
びくっと、クリスの体が震えた。
「………じゃあ、あれは嘘だったのか……?」
 静かに問いかけるエリックだが、その静かさが逆に威圧感を放ってしまっている。
「……わからない………ずっと考えても…どんどん判らなくなるばっかりなの……」
 瞳に涙を浮かべながら、クリスはエリックから視線を逸らす。
「……エルの事、忘れてない……なのにエリックが好きなんて……おかしいよ……変だよ、わかんないよ……エルへの気持は、変わるわけないのに……」
 おそらく感情に思考がついていかないのだろう。
「……だから…きっとあたしは最初から、誰も好きになったりしないのよ!いつも計算高くて、ずるくて、自分を守る為に他人を利用してるだけなんだわ!エルが居なくなった寂しさを、あんたで紛らわせているだけ!あたしは……!?」
 続けようとするクリスを、突然エリックが抱き締めた。
クリスはいきなりのことに、目を瞬かせる。
「そんな事……言うなよ。今クリスは真剣に悩んでる、それだけで十分だ。」
「…でも、これも同情を惹く為の芝居かも……」
 尚も言い募ろうとするクリスの髪を、エリックは優しくなでる。
「…今はまだ、感情の整理がついてないだけだと思うから……そんなに悲観的になるなよ。今までのお前を否定する必要なんて、どこにも無いんだ。」
 クリスの言葉の真偽を疑ったときは、気が気でなくなった。だがクリスの不器用で頼り無げな言葉、そしてその純粋な様子に、堪らない愛おしさがこみ上げて来ていた。
知れば知るほど、クリスは新たな顔を見せる。
そのすべてを見てみたい。もっとクリスを見ていたい。この先もずっと。
エリックは痛烈にそう感じていた。所謂『惚れ直した』という状態なのだろう。
「………そう…なのかな………」
 まだ言い募ろうとするクリスの頭を、エリックがそっと撫でる。
「そうだ。」
 断定的に言い切り、抱きしめている腕でクリスの背中を軽く叩く。
「………ん……」
 クリスは目を閉じてエリックに体を預ける。胸に顔を埋める態勢だ。
それに応えて、エリックはクリスを抱く腕に、少しだけ力を込めた。
「…こうしてると、落ち着く………」
 クリスもエリックの体に腕を回し、呟く。
二人の体は密着し、互いの鼓動が直接身体に伝わってくる。
そしてそれが、なんともいえない安心感を与えてくれる。
「………そうか……」
 おれもだ、と続けてエリックは答えた。
永遠とも思えるような時間の後、腕を解いてクリスから身を離す。
「あ……」
 クリスが、名残惜しそうな瞳でエリックを見る。
「そろそろ寝といた方がいい。体に障るからな。」
 照れたように笑ってクリスの髪を撫で付けると、エリックは三段ベッドへと向かう。
正直これ以上続けると、妙な気分になってしまいそうだったのだ。
クリスの気持に整理がついていないであろう今、それは禁忌である。


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