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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-30

目を伏せるようにして、『クリス』…いや、『ルキス』は言葉を吐き出す。
それは、エリックが初めて見る彼女の、静かな苦悶の表情だった。
「私が愚かだったのです……ほんのひと時でも、自分がルキスである事を忘れようと……貴方を救うという目的にかこつけて……私は………」
 目を伏せ、肩を震わせながら、ルキスは言葉を続けていく。
「………」
 エリックはといえば、 驚きの余り硬直したままだ。
事態の急な展開についていけていない。
目の前にいる女性がこの国の教皇だったなど、にわかには信じられないのだ。
まぁ、当然の反応であろう。
「………こうして貴方に事実をお話しする事でさえも…罪を一人で背負う事に耐える事ができないから………孤独に耐える事ができないから………」
 もはや言葉のナイフで自分を傷つける事が目的であるかのように、ルキスは続ける。
エリックに聞かせている訳ではない。
その様子が、最後の夜に自分を責めていたクリスと重なってしまう。
あの時エリックは、クリスを抱きとめた。クリスの自責を抱き止めた。
しかし今は……
「……」
 ただ、立って見ていることしかできなかった。
クリスと目の前にいるこの女性は違うのだ。
「あまつさえ、貴方を傷付け…私を狙った彼の命も…結果として奪ってしまいました…」
 冷静に、ルキスは平静を失っていた。
だが、偽りの冷静さも、長くは持たなかった。
「……私は………利己的な…愚か者です……教皇の資格など……!私は…私は……!」
 ぐっと、ルキスは自身の二の腕を握り締めた。
白いローブの上から、彼女の白く細い指が食い込む。
「私は……私は…所詮……!」
 繰り返し呟きながら、そのまま爪を立てる。もう、正気でないのかも知れない。
「お、おい……」
 エリックは思わず呼びかける。
ルキスの二の腕を覆う白い布地に、赤い染みが出来つつあるのを見つけたからだ。
「……!」
 はっとしたように、ルキスはエリックの顔を見る。
そして、呆然と、血の滲んだ自身の腕を見る。
「…すいません、見苦しい所をお見せ致しました。」
 取ってつけたように例の微笑を浮かべると、謝罪する。
「御気に、なさらないでくださいね。」
 一礼し、血の滲んだ布地を隠すようにローブの上に法衣を纏う。
照れ隠しのように笑って見せたが、その顔は、エリックにはまるで、救いを求めているように見えた。
「まぁ…アレだ。一国の主も楽じゃないだろうからな。気持は判らなくもないさ。」
 しかしエリックは、こんな言葉をかけるのが精一杯だった。
「……ありがとうございます。」
 微笑み、ルキスが言う。だがそれが心からの微笑みでない事を、エリックは判断できるようになってしまっていた。
だが上手い言葉も思いつかないし、どういう行動を取るべきかも判らない。
要するに、彼女を慰めるには不器用だったのだ。
クリスの時のようには、やはりいかない。
何もできない自分がもどかしく、挙動もどこかオタオタしてしまう。
「…?」
 その様子がルキスの目には不思議に映ったのか、首を傾げてエリックを見据えている。
ふと、彼女が手を伸ばしてきた。
オタオタしていたエリックの額に、ルキスの手が触れられた。
冷たくて柔らかい手の感触。何回かあった、この場面。
その度に、奇妙な感覚を覚えていた。
「…………」
 暫し、エリックは固まる。身体が動かない。というより、動こうとしない。
ルキスも、エリックの瞳を見つめたまま動かない。
「…………ふふっ」
 そして。ふと、彼女が吹き出した。
そのまま手を離す。急速に戻ってくる現実感。
「………なんだ?」
 ようやく、エリックも口を開く。普通そのセリフは額に手を当てられた時点で発するべきだろう。エリック自身もそう思う。
「ありがとうございます。そのお気持だけで、私は救っていただきました。」
 にっこりと笑い、ルキスは言う。先程のような影は、消えていた。
「………え?」
 思わず、聞き返す。何を言われたのか、判らなかった。
今考えていた事を、読まれていたような言動だ。
一瞬遅れて、そう思った。
そういえば、何度もルキスはこういう行動をしていた。
そして、エリックは似たような能力を持っていると思しき人物を一人知っている。
「……まさか…?」
 驚きの言葉が、口から漏れた。
その様子に、エリックの言いたい事を察したのか、ルキスが柔らかく微笑む。


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