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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-28

どのくらい経ったのか。
エリックは目を開けると、ゆっくりと身を起こす。
前と同じ、白い部屋。香木を焚いたような良い香り。柔らかい布団。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「………」
 未だ心には、ずきずきと痛む穴。
クリスの死という悲しみを癒すには、圧倒的に時間が足りない。
だがそれも、一人で背負えない程ではない。
涙には目に入った異物と同じように、悲しみを流す力があると聞いたが、本当だと思う。
泣きに泣いたら、少しすっきりした気がする。
だがそれ以上に大きいのは………
「…ずっと…手、握ってたのか…」
 そう呟いて、エリックは自分の手を握ったままベッドに倒れこむようになっている『クリス』を見やった。規則正しい呼吸音が聞こえる。恐らく寝ているのだろう。
…恐らくエリック一人だけならば、感情に潰されていた。
というよりも、抗おうとすらしなかっただろう。思考を止めて、楽になろうとしていた。
しかしそれは、クリスに対しての冒涜だ。と、今のエリックは思う。
思い出の痛みから逃げるのは、彼女から逃げているのと同義なのだ。
そしてエリックは、記憶を封じることで彼女と、そして現在に背を向けていた。
きっと、放っておけばずっと自分を誤魔化し続けていただろう。
そうならなかったのは、『クリス』と会えたから。
不思議を超越して既に怪しい域に入っている彼女だが、間違いなくエリックには恩人だ。
「ありがとうな……」
 そう言って、彼女が自分にしたように髪を撫ぜようとした瞬間。
「……っ…」
 顔を顰め、エリックは動きを止める。腕に痛みが走ったのだ。
よく見れば、腕には包帯が巻かれていた。
そこでようやく思い出す。自分に起こっていた事を。
今まで冷静では無かったために、気にも留めていなかった。
記憶を取り戻したきっかけ。自分に向けられていた銃口。
あの状態で撃たれれば、まず間違いなく即死だ。
「……なんで…俺は生きている……?」
 本来その疑問に答える筈の『クリス』は、今ベッドですやすや眠っている。
「……ん……」
 そして、軽く寝返りをうったりしている。
「どういう事だ……?」
 釈然としない思いを抱き、ベッドサイドに腰掛ける。
「……もう、大丈夫ですか?」
 と。突然かけられた声に、びくっとなってしまう。
見れば、『クリス』が、顔をエリックに向けていた。
どうやら起こしてしまったらしい。
とりあえず冷静を取り戻すと、笑いかけてみせる。
胸の穴が傷むのを感じたが、うまく笑えた筈だ。
きっと、その内自然に笑えるようになるのだろう。
尋ねようとしていた疑問は、いつの間にか頭の隅に追いやられていた。
「…ああ、大丈夫だ。」
 その言葉に、『クリス』は満足そうな微笑を浮かべる。
「後は時間の役目……私がお力になれるのは、ここまでですね。」
 そう言って彼女は身を起こし、そして握っていた手を離す。
その言動に、エリックに一つの考えが浮かんだ。いや、直感と言って良いだろう。
「……なぁ、聞いていいか…?」
 『最初から自分を記憶と対峙させようとしていたのではないか。』そう言おうとして、躊躇われた。余りに突拍子の無い話だからだ。
「………」
 どうかしている。そう思って、発言を取りやめようとした時。
「……最初からこのつもりだったのではないか……ですね?」
 しかしエリックの考えを見透かしたかのように、『クリス』は言ってきた。
「……あ、ああ。それに…何故俺は生きている?」
 その事に動揺しながらも頷き、再び浮かんだ疑問を問うエリック。
実際は、この疑問を一番先に問うべきだったのだが。
「……ふふ…どうでしょうね。」
 そして返ってくるのは、お決まりの台詞――
「と、本来ならば申し上げる所なのですが……」
 ――でもなかったようだ。
「エリックには、私の所為で多大な御迷惑をおかけしてしまいました。ですから、という訳でもございませんが…貴方の御質問には、包み隠さずお答え致しましょう。」
 『クリス』は言って、何処か複雑な感情を抱えた笑顔を浮かべた。


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