『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-144
「ふぅ…………」
呼気を吐き出して集中するエリック。カウントがゼロを示し、固定台のロックが外れた。
「お前達の前に居るワーカーのパイロットだ。接近中のナビア軍兵士、聞こえるか？」
住民を避難させるなら、軍が協力してくれた方が動き易い。駄目で元々、エリックは指向性通信で、向かってくるペールIVのパイロットに通信を送る。
『こちらナビア軍イツアス駐留部隊。所属と目的を答えろ』
どうやら協力を仰ぐ暇くらいは時間を与えてくれそうだ。エリックは微かに安堵する。
「所属は無い。目的は……」
『ジュマリアの復興とお前たちナビア軍の根絶だ』
エリックの言葉を遮って……いや、繋ぐように、エリックの声によく似た音で言葉が紡がれる。聞くまでもなく、ナインの仕業だろう。これでは、否応無しにジュマリア残党として識別されてしまう。
ナビア軍の返事はすぐに返ってきた。言葉ではなく、銃弾で。
今大きな動きをすれば、避難中の一般人の被害は甚大なものになる。まず最初に威嚇射撃でもして取り巻きを散らすべきだったと刹那の間に考えるが、既に後の祭りだ。そんな事を考えていたエリックは一瞬、銃弾に対する回避が遅れた。
「く……っ！」
およそ三百メートルの距離を駆けた銃弾のいくつかが、ベルゼビュールの装甲で爆ぜた。本来なら装甲に喰らいつき、多少なりとも損害を与える筈だった弾は、弾かれた様にあらぬ方向へ滑る。滑った弾丸達は遥か後方の空中に消え、通りに面するビル街を破壊し、逃げ遅れた見物人の幾らかを食い散らした。
ざわめきが悲鳴と喧騒に変わり、街並みはパニック映画さながらの騒ぎとなる。
『新装甲の方は順調のようだね。表面のナノマシンが破裂して銃弾を逸らすから、多少の角度さえつければ表面が削れるだけで済むよ』
削れた先から修復を開始する装甲のデータでも確認したか、ナインが満足げに言った。
「……貴様……っ」
『住民の避難は止めないさ、ナビア軍の相手さえしてくれればね。大丈夫、通信網を弄ってナビア軍がそっちに向かうように細工するから。特に敵を集める必要はないよ』
「何が大丈夫だ……！」
臆面もないその物言いがエリックの神経を更に逆撫でするが、言い争う時間は無い。群集も良い具合に散らばり、ベルゼビュールが動き回れる程度には空間ができている。
ナビア軍のペールIV達は断続的に射撃を続けながら、ベルゼビュールへの距離を詰めている。占領軍らしく、周りの群集に対する遠慮が見られない。
それを黙ってみている訳も無く。エリックはベルゼビュールを立ち上がらせると同時に、伸び上がるような勢いを利用して一気に通りを横断するようなステップを踏ませる。
『所属不明の機体に告ぐ。直ちにワーカーから降りて投降しろ』
銃弾がベルゼビュールを固定していた台を撃ち砕き、ベルゼビュールが交差している通りへと逃げ込んだ時になって。ようやくペールIVの外部スピーカーから、やる気のない降伏勧告が聞こえてきた。そもそも投降してくるなどとは思っていないのだろう。ジュマリアの残党が行う抵抗活動に晒され、随分とスレているようだ。
エリックにしても無論、そんな予定調和の降伏勧告などは聞く耳も持っては居ない。こうなったらいち早く相手を沈黙させ、住民の避難をさせなければいけないのだ。それもできるだけ、迅速に。
「長くはかけられないな……」
ペールIV達が張っている弾幕のリズムを掴むと、エリックは若干の苛立ちと共にベルゼビュールを潜ませていた通りから躍り出させる。
マップで捕捉していた通りの、極めて近い場所にペールIVが三機。そしてその足元から少し離れて、対ワーカー兵装の歩兵。
ベルゼビュールは飛び出し様に最も手近に居た一機に向けて肉迫すると、マシンガンの近接射撃でコクピットを狙い打ち。穴だらけにした胸部を掴むと別の一機に向けて勢いのまま突き飛ばし、その体勢を崩させる。
ベルゼビュールは勢いを殺さず、くるりと体勢を崩された機体の側面に回り込み、敵小隊全機を射線の延長線上に捉えた。
残る無事な一機は味方を盾にされた形になり、発砲できずに居る。
後は射線上に纏まったペールIV達にマシンガンを連射するだけで、三機のペールIVは完全に沈黙した。