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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-143

 第五五話 《変後暦四二四年三月八日》


 ベルゼビュールが降ろされたのは、イツアスの中を走る大通りの交差点だった。周りの人だかりがざわついているのが、マイク越しにコクピットの中にも伝わってくる。
それもそうだろう。赤信号で止まっているトレーラーの後部が開いたと思うと、中から見たこともないワーカーが固定台毎スライドして出てきたのだから。
これがペールシリーズやセラムといったよく見る軍事用ワーカーならば、危険を感じてさっさと避難していたに違いない。しかし白銀に輝くベルゼビュールは、軍事用というよりむしろ祭典に用いられるような華やかさがあった。
民衆がその異様に目を奪われている隙に、ベルゼビュールを下ろした当のトレーラーはさっさとその場を離れて何処かへ走り去ってしまう。
『トレーラーがある程度離れたら開始だ。カウントダウンはディスプレイに映しておくよ』
 ディスプレイの隅に表示された数字が、秒単位でカウントダウンをしている。カウントダウンの終わりまでは固定台のロックが外れない為に動けない。
 まだ敵戦力が居ないとはいえ、動けない状態で放置されるのはプレッシャーになる。エリックは各種センサーに目を遣りながら、レバーグローブの中で手を開いては閉じる。
「予想される敵戦力は?」
『さぁ? 配備されているのはペールIV。それと対ワーカー兵装の歩兵も居るかも知れない。まぁ、この街における民間、軍事の通信系統はそちらで受信、解析できるようにしてあるから参考にしてくれ』
 言葉と同時に、街の中に存在するナビアのワーカーがサブディスプレイのマップに表示される。ナインの小細工が効いているようで、一方的に敵の位置を知る事ができるようだ。これは大きなアドバンテージになる。
 とはいえそれでも気楽に言うナインには多少反感も覚えるが、今はそんな事を言っている時ではない。カウントが終了するまでの間に、エリックは気になっていた事を尋ねる事にする。
「電力を補給したら……またナノマシンを散布するのか?」
 そうなれば周りを囲んでいる群衆を始め、イツアスの人間は助からないだろう。
『そうだな。懐に危険分子を残さない為には、生存環境そのものを奪うのが手っ取り早い』
 何のことは無い、とばかりに言ってのけるナインの言葉は予想通りだが、それを黙って受け止められるエリックではない。
「……住民を避難させる事はできないか?」
 我ながら中途半端な人道主義者ぶりだ。そう自分で思いつつ、提案するエリック。今更滑稽ではあるだろうが、犠牲は少ない方が良いに決まっている。
『悪いけど時間を割く気はないよ。まぁ、止めもしないから好きにやってみると良い』
 いつもの薄ら笑いと共に答える、ナイン。その言動の節々には、エリックという人間が起こす行動を面白がっている様子がある。もっとも、それこそがエリックを傍に置いている理由でもあるのだろう。戦力としてというよりも、エリックは観察対象として見られているように思えてならない。
 それは屈辱的な事だし、エリック自身も面白くは思えない。だがそれによって協力の見返りにクリスが助かり、また犠牲が減らせるなら。自分の自尊心などはどうでも良いと自覚しても居た。
「あぁ、好きにしてやるさ」
 苦々しげに言って、エリックは外部スピーカーのスイッチを入れる。ベルゼビュールは手足にロックこそかかっているが、外部スピーカー程度なら問題ない筈だ。
「イツアスの住民に告ぐ!」
エリックが外部スピーカーを使って呼びかけると、ベルゼビュールを遠巻きに囲んでいる群衆からざわめきが上がる。
「本日中に、街全域を対象としたガス攻撃が行われる。命が惜しい者はさっさと近くの都市に避難しろ! 即時の避難が難しいならガスマスクを準備しておけ!」
 呼びかけながらエリックは、この方法で大した成果が上がるわけも無いと判っている。しかし今はできる事からしなければならない。
 ベルゼビュールの外部スピーカーから流れたエリックの警告に、群集が再度ざわめく。しかしエリックの言葉を信じてそのまま逃げ出すような者は殆ど居ない。当然といえば当然だ。
「繰り返す。イツアスの住民は一刻も早く避難を開始せよ!」
 半ば祈るような気持ちで、エリックは再度呼びかけ。その合間に、ナインに確認するべき事を尋ねる為にマイクのスイッチをオフにする。
「……ナノマシン散布はいつからだ?」
 まずはそれを聞いておかないと話にならない。
『そうだね。まずは充電してから決めるよ』
「なら、その充電にはどのくらい時間がかかる」
『開始まではこれから次第だけど、完了まで充電を開始してから五時間程度じゃないかな』
 充電終了と共に散布が開始されるなら、猶予は約五時間余り。
『さて、どうなるか見物だね』
「黙ってろ。やれるだけやってやる」
 嘲るようなナインの言葉に面白くもなさそうに答えて、エリックが次の行動計画を立てていると。ナビアの駐留軍らしき部隊のワーカー…ペールIVが三機、通りの東から向かってきた。ジュマリアの残党部隊に対する警備部隊だろう。ベルゼビュールを下ろした現場を確認した訳ではないらしく、方角的に擦れ違った筈のナインのトレーラーには無反応だ。
 警備部隊が間抜けなのではなく、置き去りにされたベルゼビュールが注目を集めたという事なのだろう。
 住民達は危険を感じたか、それぞれ足早に場を離れ始める。


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