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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-131

「……さて。部屋の隅に行って、銃を捨ててもらおうか」
 できるだけ低い声で、エリックは兵士達に告げて。アリシアのこめかみに当てた銃を、強調するようにぐりっと動かす。
「…………貴様…っ」
兵士達はエリックを睨みつけながら、じりじりと部屋の隅へと後退した。さすがに銃を捨てる様子こそ無いが、今はそれで十分だ。
「……エリックさん……」
 状況を理解したのだろう。アリシアは疑問を口にする事も無く、微かに眉根を寄せた。その声音に非難の色を感じたが、そんな事を気にしている余裕はエリックには無い。
 そこで、ナインの存在を思い出す。
「……下手な事はするな。お互いの為にならない」
 アリシアを押さえている方の腕を放すと、素早くナインとの通信機を取り出すエリック。通信機を持ったまま、再びアリシアを押さえる。
「…………ナイン、俺だ。面倒な事になった。脱出は骨が折れそうだが、一緒に来るか?」
 返事は、直ぐに聞こえてきた。
『こちらの名前を出すあたり、強制だろう? 仕方が無い、格納庫で落ち合うとしよう』
 どうやら、エリックの思惑は見透かされていたらしい。
状況を報告するという意味もあったが、此処で別行動するとも言われかねない。名前を出す事でナインが疑われる下地を作り、単独行動を予防するという事も兼ねていた。
卑怯ともとれるが、クリスの事があるエリックとしては当然の選択をしたつもりだ。
「ナイン……? どういう事ですか……?」
 エリックとナインの通信を聞いていたのだろう、アリシアが訝しげに尋ねる。他の兵士達はナインと面識がないらしく、怪訝な顔をして探るようにエリックを見ているだけだ。
「お前には関係の無い事だ」
 質問を一言で突っぱねると、エリックは通信機をしまい。部屋の兵士達を警戒しながら、アリシアを引っ張るようにして部屋の入り口へと向かう。背後でドアが開き、通路を照らす常夜灯の明かりが薄暗い部屋に入り込んだ。
クリスを置いて出るのは忍びなかったが、また後で回収しに来ると心に誓う。
と、そんな事を考えている間にも、距離を置いて兵士がついてこようとする。
「……止まれ、これ以上着いてくるな」
 エリックの制止に、兵士の足が止まる。その間にじりじりと距離を離す、エリック。
 しかし一定距離離れると、兵士達はまた動き出す素振りを見せる。相手を刺激しない距離で、包囲は緩めないという事だろう。犯人が人質を取っている場合、見失えば結局見殺しも同然。明確に危険な行動もしないが、逃がしもしない……自分が向こうの立場ならそうするだろう行動が、今のエリックには煩わしい。
「…………ち……」
 エリックは舌打ち一つすると、アリシアを拘束したまま後方に大きく体をずらす。エリックがある程度離れた事で、ドアが自動的に閉まった。
 瞬間。エリックはドア横の開閉制御パネルに銃弾を一発打ち込んだ。バヂッという音と共にパネル上部のモニタが非常事態を示す赤色を灯し、ドアの開閉が不可能になる。これで中に兵士を置き去りにできるという寸法だ。 もっとも、兵士達が中から非常コードを解除するまでの足止めであり、あまり長く持つとも思えない。
CS装置を回収する事も困難になるが、ワーカーを奪って外から窓を破って回収するという手もある。
「……行くぞ」
 本当なら不安要素は消してしまうつもりだったが……此処で兵士達を殺しては、アリシアの心情が気がかりだ。自分が助けた相手が、仲間を殺す場面など見たくはないだろう。
結局エリックは、先ほど余り長生きできそうにないと思った兵士と同等か、それ以上の馬鹿だという事だ。まだ弱さの抜けきっていない自分を疎ましく思いながらも、エリックはアリシアをひきずるようにして走り出す。ドアがいつ開くか判らないし、銃を使ってしまった以上、銃声を聞き付けて兵士が来る前に格納庫へ行かなければならないのだ。
当然、抵抗するアリシア。
「抵抗するようなら、殺して代わりを探すまでだ」
意識して冷徹な響きを含ませた声で、エリックが告げると。
「……!」
 アリシアは抵抗をやめ、素直についてくるようになった。表情は相変わらずの無表情で、その裏に潜む感情をエリックは察する気にはなれない。良心が痛むが、本当にアリシアを撃たざるを得ない場面にしたくない以上、仕方ない事だった。下手な甘さは悲劇しか呼ばない事を、エリックは傭兵時代の経験から知っている。
 格納庫まではもう少し。兵士と出くわす事もなく切り抜けられそうだ。
研究所なだけに、常駐している兵士が少ない事が幸いしたようだ。研究員は、出くわした所で銃を向ければ怯えて道を開け、追ってくる事もなかった。
「よし、このまま……」
 いけるかと思った、その時。エリックにとっては最悪の人物との遭遇が待っていた。
何者かが通路脇から飛び出し、反射的にエリックはアリシアを盾にするように前面に出す。
「アリシアっ!」
 通路脇から飛び出してきたその人物は、銃を構えてアリシアを呼ぶ。
「エリオット……」
 その人物の名を呟くアリシア。まるで何かのアクション映画のワンシーンだなと、エリックは何処か他人事のようにぼんやりと思った。


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