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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-124

貨物部にも、見えるのは静かに佇むだけのアレクだけで、他には誰も居ない。コクピットで何か調整でも行っているのかと、エリックは並ぶアーゼンを見上げた。
「……そこだ」
 アレクの虚ろな目が指した方向……彼の足元に目を向けると、ワーカーの保護用シートが二つ、何かを包むようにして転がっていた。
 大きさとしては丁度、人の背丈をイメージさせるのにぴったりの大きさだった。
 それを見て、エリックもすぐに状況を理解した。
 グリッドともう一人、義足のアーゼンに乗っていた人物は……
「死んじまった」
 ぽつりと、アレクが呟いた。目はシートの方を向いたまま、瞬きすらしていないように見えた。
「そうか」
エリックはそれだけでアレクの呟きに応じると、並ぶ二つのシートから目を逸らす。
顔も知らないグリッドと、声すらも知らぬ誰かの死を悼む気持は湧いて来なかった。何しろ自分は、二人の死を無為にする行為を選択しているのだから。何の感情を抱く資格も理由もないのだと思った。
「……運が無かったみたいだな。まぁ、俺には関係無い事か」
 わざとアレクを挑発するように、言い捨てた。今の陰鬱な気分も、アレクが食って掛かってくれば違う方向に向くだろうと思った。アレクにとっても少しは気紛れになるかもしれない…というのは後付けの理由だ。
「く……っ」
 アレクの口から、呼気の漏れる音が聞こえて。
 次の瞬間。アレクは飛び掛るような勢いで、エリックの胸倉をつかみ上げていた。そして右腕を振りかぶる。
 そして。
「……てめぇ…っ」
「……?」
 右手を振りかぶったまま、そこで気付いたように動きを止め。アレクは、怒りを叩きつけようとして……しかし言葉を選ぶように逡巡してから、エリックにずいと顔を寄せる。
「…グリッドだけじゃねぇ。アイツが死んでも、なんとも思わねぇのかよ……! 助けてやってただろ…!?」
 怒気と哀しさ、そしてやるせなさが混在した瞳で。アレクは至近距離からまっすぐに、エリックを見据える。
『アイツ』というのは、恐らく義足のアーゼンに乗っていたパイロット。一度は見捨てようとして、しかし助けるという形になって……結局自分の知らない所で死んだ、顔も名前も声も知らない誰か。自分がムカデを上手く処理して応援に駆けつけられれば、助けられたかも知れない、誰か。そしてエリックによって、その死すら意味のないものにされようとしている…誰か。正直、アレクが反応するとしたらグリッドの事だろうと思っていただけに、少し意外だった。
だが、どちらにしても。アレクの言葉が持つ意味も、その効果も……エリックにとっては全く変わりない。あまりにもまっすぐに感情を叩きつけるアレクの眼差しが、弱い自分を苛んでいるような気がして。自分の裏切りを罵られている気がして。
「……知った事じゃない」
エリックは言いながら、目を逸らした。これ以上アレクと、目を合わせて居たくなかったのだ。挑発しておきながら情けないと、自分で思っては居ても。
「…んだと……?」
 アレクの声に潜む怒気が、抑えきれない程に膨らんでいるのが判った。
「名前も顔も知らない相手だ」
 冷たく言い放って、エリックは胸倉からアレクの手を毟り取る。実際、アレクだって自分の仲間が死んだからこうなっているだけで、顔も名前も知らない誰かの為に此処まで怒る事はないだろう。エリックはそう自分に言い聞かせる。
「ぅ……」
 そこまで言い放たれて、アレクは気勢を削がれたように固まってしまう。
何か言おうとして、やめて。
「……アイツは……仲間だろっ」
迷った挙句に、搾り出すように言葉を紡ぎだす。
「お前達にとってはな。俺に所属はない」
 それを一蹴するエリック。
「違う、そうゆう事じゃねぇんだ! アイツは……アイツは……!」
 そこでまたアレクの言葉は、口に見えない栓でもされたかのように、行き所を失ってしまう。アレクの手が、言葉に合わせるようにして握っては開いてを繰り返す。
「…………」
 やがてぎゅっと握った拳を震わせて、アレクは言葉を飲み込んだ。そしてエリックから視線を引き剥がすと、体全体でエリックにそっぽを向くようにして、シートの方に向き直って座り込んだ。
「…どうした、言いたい事があるなら言ってみろよ」
 明らかに何かを隠しているアレクの態度に、エリックは不快感と共に尋ねる。
「……」
 だがアレクは、エリックと話す事はもうないとばかりに、座ったままうな垂れるように頭を垂れただけだ。
「……ちっ」
 それきり何も言わないアレクにそれ以上構う理由もなく。エリックは舌打ち一つして、ベルゼビュールの方へと踵を反す。
 陰鬱な気分は結局、不可解な不快感を加えて更に重くなっただけだった。


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