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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-100

「…………ふぅ」
 さっきまでの自分が急に馬鹿馬鹿しく思えてきて、エリックはため息を吐いた。
と、刹那。何かが砕けるような大きな音が、ベルゼビュールのコクピットに響いた。
「?」
 今頃ブースターが作動したのかと思ったエリックだったが、モニタに目を遣って納得した。今のは単純にワーカーの外部マイクが拾った音だったのだ。
背面モニタに映ったアーゼンが、建物のガラスに腕を打ち付けていた。
そして、そのずっと向こうに蠢く機影が幾つか映っている。
「くそ…気付かなかったとは…!」
 どうやら、自分で思っていた以上に新装備の実験に集中していたらしい。
後方モニタに映った敵機は、エリック達の居る通りと垂直に交差する通りから現れたのだろう。少し離れた通りとの交差点から、こちらに向けて戦闘態勢をとっている無人機が五機程。まだまだ増えそうな予感だ。
そして増え始めれば数に底が無い事は、重々承知しているエリック。
幸いまだ距離はある。ベルゼビュールの機動力なら、逃げ切れるだろう。
「……そうと決まれば…」
 逃げの手を打とうとして、エリックはふと動けないアーゼンに気付いた。
ベルゼビュールよりも敵側に近い位置にあるため、真っ先に狙われそうだ。そのアーゼンは敵の方向に頭を向けて居るが、特に動く様子は無い。弾でも切れたか、既に諦めているか…或いはその両方か。その様が、エリックには途方にくれているように見えて。
「……ちっ」
 置き去りにする程度なら心も痛まなかったのになどと考えながら、エリックはペダルを踏み込んだ。アーゼンへと駆け寄る為に。
距離はそう離れていない。爆発弾の雨に突っ込むか、アーゼンを掴んで逃げられるか、ギリギリといったところだろう。そう踏んだエリックだったが……
足を踏み込んだ次の瞬間。エリックはベルゼビュールが何かに押された感じを受けた。
「なっ…!?」
 思いも寄らぬGを受けて、思わずベルゼビュールを立ち止まらせるエリック。
横からなどではない、正面からのGだ。つまり……
「こういう事か……」
 予想だにしなかったベルゼビュールの速度に一瞬呆然としたエリックだったが、直ぐに事態を理解した。イオンブースターは、機体の動きに合わせて自動的に発動されるものだったのだ。どうりでボタンを押しただけでは何も怒らなかった筈だ。
 ふっと笑って気を取り直すと、エリックはベルゼビュールをアーゼンの許へ寄せる。
思いも寄らぬ速度に少し慎重になっていたエリックだったが、どうやらイオンブースターは制動時にも発動するらしく、予想よりも短い制動距離で立ち止まる事ができた。
パイロットの操作を読み取っているのだろうが、大したものだ。
優れたパイロットであり開発者でもある、クリスの製作機体ならではのシステムだろう。
「行くぞっ!」
それを感じつつ、エリックはアーゼンを抱え上げる。
『……』
 相変わらず無言のパイロットだったが、だからといって今更置いていく気もなかった。
ブーストされたベルゼビュールの速度があれば、確実に逃げ切れるだろう。
事実ベルゼビュールが走り出すと、無人機達はあっという間に小さくなってゆく。
それだけ、速度が違うのだ。それでも、アーゼンを連れて行く事はマイナス要因にしかなりえない。判っているのに、アーゼンを捨てて置けない自分。
「………」
 今更、何を守るつもりなのだろうか。クリスもX2も守る事のできなかった自分が。
自嘲気味に鼻を鳴らし、エリックは考える。常に自分は生かされ、守られていると。
(今だって……)
「……クリス……」
 守ってくれている。いつかも感じた事だが、そう思った。自然と、名前が口から漏れた。
それと同時に、CS装置に眠るクリスの顔が、脳裏を過ぎって。
「………っ」
 疾駆するベルゼビュールのコクピットで。
エリックは一人歯を食いしばり、感傷に浸りそうになる気持を奮い立たせる。
(今はとりあえず、アルファ達と合流する事だけを考えよう……)
 そう考えるエリック。少しずつ近づくは、中心部のビル群。
一度はぐれたアルファと合流できる確率は、このビル群ではかなり低いだろう。
加えて、何が出てくるかも判らない事と戦力的な不安。
先行きはエリックの思考と同じように、混沌としていた。


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