『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第二部』-4
第二話・新たな出会い
《変後暦四二三年十月十二日》
その日も、エリックはいつもと同じようにトレーニングルームでシミュレーターに籠もっていた。朝起床して朝食をとってからずっとである。
そして昼食を摂ろうと、シミュレーターから出る。
すると、やけに基地内が慌しかった。
「何があったんです？」
訝しがりつつ、エリックはそこら辺にいた兵士に尋ねてみる。
とりあえず敬語である。まだまだエリックは、一介の上等兵なのだ。
「ん？ああ、何でも研究所のやつらが来たらしい。」
「研究所のやつら……？なんの用でしょうね…？」
カイルの事を思い出し、エリックは自然と表情を険しくする。
「また誰かを連れてくのかもな。東口に来てるようだし、行ってみれば良いだろう？」
「……そうですね。ありがとうございました。」
もしかすると、カイルが戻って来ているのかも知れない。可能性は低いが、有り得ない話ではない。そう考えると、居ても立っても居られなかった。
名も知らぬ兵士に頷いて礼を言うと、エリックは基地の東口へと駆け出した。
エリックが到着した時、東口では既に人だかりが出来ていた。
人を掻き分けて前に出ようとするが、なかなか思うように行かない。
「エリック。こっち。」
その時、声と共にエリックの腕が引っ張られ、エリックは人だかりの前へと躍り出た。
エリックの腕を引っ張ったのは、ミーシャだった。
恐らく彼女もエリックと同じことを考え、真っ先にやってきていたのだろう。
「…研究所の奴等は？」
「……」
ミーシャは黙って視線を外に向ける。その先には、一台のトレーラー。
ワーカー運搬用より更に一回り大きい、移動拠点タイプだ。
トレーラーの傍らでは、一人の研究者がこの基地の責任者と何か話し合っていた。
なにやら険悪な雰囲気が漂っていたが、やがて折り合いが付いたのか、責任者は仕方ないといったように頷いた。
「カイルの事じゃないみたい。」
「ああ……また誰か連れて行かれるのかもな……」
エリックとミーシャがそんな事を話していると、研究者が合図をしてトレーラーの中から一組の男女が出て来た。
「誰だ、あれ……？」「…マブい…」「カッコいい……」
人だかりがざわめいた。トレーラーから出てきた男女は、思わずため息が出るほどの美形だったのだ。
男の方はやや背が高い。パイロットスーツを着込み、輝く銀色の短髪をしていた。その金色の瞳がどこか人懐っこそうな雰囲気を発し、あたりを見回している。
女の方は見るからに華奢そうな細身。ナビアの標準軍服を着て、淡い金の長髪を一本の白いリボンで纏めていた。伏し目がちなアイスブルーの瞳からは、感情を読み取ることは出来ない。二人とも、歳はエリックよりやや下…クリスと同じ位というところだろうか。
研究者は責任者と二言三言話すと、トレーラーへと戻っていく。
すると責任者は、やや不機嫌そうに二人を連れて基地の方へと歩いて来た。
人だかりが、責任者達を邪魔しないように二つに分かれる。
「お前達、集会所に全員集めろ。話はそこでする。」
皆の視線を浴びて基地内に入りながら、責任者が言う。
その声を受けて、人だかりを作っていた兵士達は一目散に奥へと散っていった。
そして、後に残ったのはエリックとミーシャ、そして責任者達。
暫し、見詰め合う五人。
近くで見ると、男女はエリックより少し年下…クリスと同じ位のようだった。
男女の男の方が、にっこり笑って会釈する。すると、女の方も続いて軽く頭を下げた。
「あ……」
「ほら、お前達もとっとと行け。」
つい挨拶を返そうとするエリックを呆れたように諌めると、責任者もすたすたと奥に行ってしまった。
男はちらちらと振り返りながら、女は全く振り向きもせず、責任者についていく。
「行くわよ。」
黙ってそれを見送るエリックに、横のミーシャが声を掛ける。
「…何処に？」
「集会所よ。」
思わず訊ねたエリックにしれっと答えて、ミーシャは歩き出す。
いつの間にか以前のようにミーシャと接している事を不思議に感じつつ、エリックもそれに続く。
結局前にいる責任者達とルートは同じなので、エリックとミーシャが黙って責任者達に続くという奇妙な構図が出来上がってしまったのだった。