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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第二部』-20

第十話・流転
 《変後暦四二三年十月十三日》


「………クリ…ス……?」
 言いながら、アルファは何がなんだか判らなかった。
唇を引き結び、険しい目に滲む涙。いつか見た美しい怒りの表情。
しかし今回は、表情に潜む怒りと悲しみの影が、前回の比ではない。
その瞳は、怒りで埋め尽くされていた。もはや正気とは言い難い。
クリスは表情に怒りを湛えたまま、アルファの傍まで歩いて来る。かなりやばい雰囲気だ。
「やめて!」
 同じくシミュレーターから出てきたアリシアが、駆け寄って止めようとする。
「……!」
 ぎっと、クリスの瞳がアリシアを睨みつけ、そしてその方向に向き直る。
次の瞬間。
よく響く音と共に、アリシアの頬が張られていた。
以前地下遺跡でエリックがくらったそれの、数倍に匹敵する音だ。
くらったアリシアは堪らず倒れる。
クリスはそのまま、金縛りにあったように呆然と彼女を見つめるアルファの、胸ぐらを掴んで引き起こす。
鈍い音が、響いた。クリスが、アルファを殴打したのだ。
「……っ!クリスっ!やめろ!」
 そこでやっと事態を掴んだエリックは、尚もアルファを殴打するクリスを止めに入る。
後ろから羽交い絞めにし、なんとかアルファから引き離す。
「がっっ!?」
 直後。エリックは顎にクリスのヘッドバッドをくらっていた。
背丈が違うため、本来鼻に来るのが顎に来たのだ。おかげで出血は無い。
しかし顎への衝撃で、脳が揺さぶられた。クリスを捕まえる腕が、緩んだ。
その隙に脱出すると、クリスは倒れているアルファに、一挙動で抜いた銃を構える。
「くそ…!クリス!落ち着け!」
 ぐらぐらする世界の中で、エリックは必死にクリスの腕を掴み。向き直らせる。
銃弾が、足元に撃ち込まれた。止めなければ、アルファの頭を撃ち抜いていただろう。
「クリスっ!」
 目を合わせて、強く呼びかける。クリスの体が、びくっと震える。
そして彼女の瞳に、正気の色が戻った。
「……あ………?」
 呟くと、倒れているアルファに目をやる。そこにアリシアが駆け寄って、抱き起こす。
そしてアリシアは、クリスの方を向いた。相変わらず表情は無い。
「クリス……」
 アリシアの唇が、その名を呟いた。
それを聞いたクリスは、エリックの手を振り払って、弾かれたように駆け出す。
止める間も無い、あっという間の出来事。
エリックは、その目から涙が零れるのをしっかり見ていた。
「………っ!逃がすな、捕まえろ!」
 呆然としていた、シミュレータールームに居た兵士の一人が叫んだ。
その声を受けて、入り口近くの兵士がクリスを捕まえようとする。
しかしクリスはいともあっさりその兵士を引き倒し、逃走する。
「クリス、待て!」
 エリックは一声叫んで、クリスを追った。


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