Crusade Ⅱ-2
ミドルードほどの都市に立てられている教会は、非常に大きい。著名な芸術家を呼び寄せて描かせた壮大な天井画は、聖典の一節になぞらえて描かれた見事な作品である。ミドルード城ほどではないが、遠目に見れば尖った棘のようなスタイルでデザインされた教会には、その自重で教会自体が崩壊しないように、ステンドグラスによって重量を軽減される技術が用いられている。このステンドグラスにも、同じく宗教的な絵が描かれている。
日中は陽光を浴びてまるで奇跡が舞い降りたような荘厳さを放つステンドグラスも、明かりのない夜と教会の中では、廃墟に埋もれた魔術用具を思わせる不気味さを醸しだす。
人の気配も、そして明かりもない教会に入った男たちの足取りは、自然とこわごわと周囲を警戒するものになっていた。
「寝室は二階だろう。行け」
二人の部下が二階へと続く階段を探して散っていく。大尉も自ら一階の探索に出た。一階は広々とした礼拝堂と、懺悔室。あとは司祭や司教の個室や客室があるのだろう。二階はおそらく尼僧の寝室がある程度だ。大尉は、まず司教の個室を探して、数ある扉を1つずつ開いていく。部下は分散して一階を探索しており、大尉の側には一人しかいなかった。
一つ一つの部屋に誰もいないことを確かに確認しながら、また扉を開けると、それまでとは違う広々とした空間に、大きな一人用の執務机が置かれた部屋を見つけることができた。机の上は几帳面に片付けられており、棚に収められた本も高度な神学書が多い。おそらく、ここが司教の部屋だろう。大尉は明かりを掲げて部屋の隅々まで確認したが、ベッドまで綺麗に整えられており、司教の姿はここにはない。
「司教がいないようだな。まさか、夜の散歩というわけではあるまい」
「それは、我々の行動を事前に察知されていたということでしょうか？」
一応人が隠れることができそうなスペースはすべて調べ、部屋を出た時、部下がそう訪ねてきた。
「……作戦に関しては、厳重に秘匿していたはずだ。気づかれたとしたら、我々が城から移動してきた時だろう。だが都市の門は警備兵が封鎖しているんだ。教会の奴らはそう遠くへはいけん。この教会を探して誰も見つからなかったら、近隣の家屋を探すだけだ」
この教会には、大尉の記憶では数十人ほどの人間がいたはずだ。司教クラスの人間から、尼僧なども含めると、それほどの人数になる。それらが誰も目にも触れることなく教会を脱出し、警備兵が外からも中からも誰も通さないために夜通し見張っている門を突破することは常識的に考えて不可能だ。部下もその答えに納得して頷いたが、すぐに兜の上からでもわかる下卑た声で尋ねる。
「……この作戦、『何をしてでも連行してこい』、って話ですが、つまり俺達の『お相手』を探してもいいってことですかね？」
大尉はバイザーの下から部下を無感動な瞳で眺めたが、躊躇なく答えることができた。
「好きにしろ。だがその事ばかり考えて油断するんじゃないぞ」
「へへ、了解」
戦闘での『戦果』は、一般の兵士にとってとても大切だ。尼僧という存在は、普段は手を出すことができない存在だからか、兵にとっては魅力的な戦果として写っているらしい。部下は大尉からその戦果を得ることの許可を得て、今にもスキップしそうなほどの上機嫌で周囲を探索し始め、元の礼拝堂まで大尉の先を進んでいってしまう。それを追いかけて大尉も礼拝堂まで戻ると、ちょうど反対側の扉を開いて、一人の兵が礼拝堂に入ってきた。
「ああ、ちょうどいいところに。上に来てくれ」
大尉の先を行く部下は、礼拝堂を熱心に探索し始めたせいか、その言葉が届かなかったようだ。呆れた目線を部下に送りながら、大尉が代わりにその兵に答える。
「何か見つけたのか？」
兵は黙って頷くと、彼が開いているドアの奥に見える階段を顎で示した。
「わかった。俺が行こう。……おい、ここは任せたぞ」
「了解です！」
礼拝堂にいくつあるかわからない一つ一つの長椅子をしゃがんで調べる部下が生返事を返してくる。もう一人の兵は、すでに踵を返して階段に向かっており、大尉は結局彼にそれ以上の言葉をかけることなく、そのまま礼拝堂の探索を任せることにした。
兵が案内したのは、広めの部屋だった。少し埃臭いのは、最近まで使われていなかったからだろう。大尉は、ふと、今日の昼前に何人かの聖職者たちが補充でミドルードに訪れていたことを思い出した。もしかすると、その聖職者たちにあてがわれた部屋なのかもしれない。大きめのベッドに、簡素な椅子がいくつか。しかし、他と圧倒的に違うのは、まだ燭台に明かりが点っており、いくつかの荷物が置き去りにされていることだ。