Crusade Ⅱ-1
ミドルード城は、松明の明かりで闇に浮かび上がっている。かつて、大陸より離れて存在するこの列島が、一つの帝国として纏まっていた時、城というものは単なる軍事上の拠点に過ぎなかった。それも、戦時下でこそ前線拠点として役に立つが、大陸より隔絶された列島が長い平和を享受していた数十年前までは長く存在を忘れられた存在だった。それまでの王侯貴族たちは華やかに宮殿に住まい、実用性のみを重視した土堀、木材のみで構成される城に居住するなどということはありえなかった。その時までの城というものは砦となんら区別がないものだったのだ。
それが、大陸より侵攻してきた魔族の帝国によって一変した。列島は否応なしに戦争に突入し、多くの人と土地が魔族の支配下に落ちた。その頃から列島では防衛のために城塞の建築が進み、戦闘と隣り合わせになった貴族たちは城に篭りがちになり、だんだんと居住性を改善した城が登場し始めていく。
そしてその最終発展の形が、軍事上の拠点と、王侯貴族たちの居住する宮殿としての二つの役割を担う、ミドルード城のような城なのだ。
そのミドルード城が闇に浮かぶ美しさは、外出禁止令によって人為的なゴーストタウンと化した城下町から見上げれば、金を惜しまず創り上げた壮麗な城塞も、伏魔殿のような妖しさを放っているように思えた。
そしてその城下を、規則正しく、だが不穏な気配を放ちながら歩く一団がいた。彼らは大通りを更新しながら真っ直ぐ教会を目指している。手にはそれぞれ、剣や槍を持ち、体は隙間なく白銀の鎧で覆われている。最前列の兵士が掲げる旗は、ミドルード城に掲げられているものと同じ、ボルジア家の紋章である。数は20人には達しない程度だ。だが、兜の隙間から見える彼らの眼光は鋭く、それが単なる雑兵ではないことを示している。
騎兵こそ存在していないが、その重装備は戦場へ赴く騎士団の同等のものだ。単なる警備兵のものとは到底思えない。およそ城下町を歩くのにそぐわぬ装備の一団は、やがてひとつの角を曲がり、防壁に面する教会を視界に捉えた。
「大尉、なぜ僧侶どもを拘禁する程度にこんな重武装なのでしょうか？」
先頭で一団を率いる男に、隣を歩く男が問いかけた。
「……わからん。上の命令だ。やるしかないだろう」
大尉と呼ばれた男は一瞬考えこむように黙り込んでいたが、吐き捨てるようにそう答えるしかなかった。部下の疑問も最もで、彼らの装備する甲冑は、まさに大規模な戦場でのみ使用されるものなのだ。単体での戦闘能力が列島の人間を圧倒する魔族に対抗するために、極限まで防御力を高めたこの甲冑は、それ故に高価であり、動きにくい甲冑なのだ。本来なら指揮官か、重装歩兵、重騎兵が着こむものであって、市街で装備するものではない。市街での戦闘は狭い路地や伏兵、待ち伏せが多いため、動きを阻害されるこの甲冑はあまり役に立たないのだ。
「スパイ容疑の僧侶を連行するんだ。ラテル＝アノの僧侶どもだ。どんな呪いやら神通力を使うともわからんと、上は考えてるだろうさ」
得心できない顔つきの部下と、同じ心境の自分を無理やり納得させるように、大尉はそう続けた。彼らにとって納得のいかない任務は数多いが、戦場は彼らの繊細な心の納得など待ってはくれない。だがそれ故に、彼らは余計に考えこまなくて済むのだ。
結局、大尉も一団が教会に到着してしまったことで、部下との会話を中断せざるを得なくなった。任務の目標を目前にした彼は、まさにプロだった。それまでの会話に引きずられることなく、流れるように部下に指示を出していく。
「よし、5人裏口に回れ。もう5人で教会の窓を見張っていろ。後の人間は俺に続け。いいか、誰も逃がすな」
大尉の命令により、各自がそれぞれの持ち場へと消えていく。甲冑の金属がぶつかり合う甲高い音と、地面を踏みしめる重い足音を闇に響かせながら、大尉は教会の正面扉までたどり着くと、部下を後ろに待たせながら扉を叩いた。
「王立騎士団だ。ここを開けろ。貴様らにミドルード城への出頭命令が出ている」
聖職者は、朝も夜も早い。当然寝静まっているだろう教会の扉を、大尉は何度も叩いた。
「おい、ここを開けろ。王立騎士団だ！」
重ねて何度も叩くが、教会の中で人が動く気配はない。大尉は扉から下がると、部下の一人に目配せをした。
「ふん、お留守かな？ おい！」
大尉に促されるまま、二人の兵が前に進み出て扉の前に立つ。彼らの手にはそれぞれ巨大な斧が握られている。
「聖職者様は眠りが深いようだ。起こしてやれ」
二人の兵は下卑た笑いを上げると、巨大な斧を教会の扉に打ちつけ始めた。斧の一撃では扉が破られることはないが、それでも一振りのたびに扉は無残に変形していく。夜中の騒音で目が覚めたのか、周囲の家屋の窓からは不安と好奇心を湛えた瞳が彼らを覗いていた。
二人の兵が振り下ろす斧の激しさとは対照的に、大尉は静かな目でその様子を眺めていた。やがて扉がその役目を果たせぬほど変形したところで、二人の男がそれを蹴破るのを見届けると、大尉は兜の可動式バイザーを下げる。即ち、臨戦態勢ということだ。
「中に入るぞ。……油断するな」
何かただならぬ気配を感じ取ったのだろうか。大尉は腰から剣を抜き放つ。部下も彼に従い、それぞれ兜のバイザーを下げ臨戦態勢を整えた。それぞれの獲物と、明かりを確保するための松明を掲げながら、粉砕された教会の扉をくぐっていく。