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BESTOWERS
【ファンタジー 官能小説】

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I am Providence V-1

 魔族の男とエステル、両者の刀がそれぞれの頭部へと振り下ろされた。少女が放ったとは思えぬ速度のその斬撃は、男が身を捩ったことで空を斬る。同時に男の偃月刀も、エステルにぎりぎりで躱された。振り切った直後、一瞬の膠着状態に、二人は互いに殺意を込めた目線を交錯させる。そしてエステルの碧眼は、攻撃動作に入る男の左腕を視認していた。

 男の手刀がエステルに迫る。それは素手とはいえ、まともに攻撃を受ければ骨をも砕く威力を持つ手刀であった。高速で迫るその攻撃を前に、エステルは自らの左腕で防御の構えを取る。

 だが男はエステルの行動を嘲笑する。彼の左腕は手刀の形から解け、エステルの左腕を掴むためにその五指を開いていたのだ。男の左腕がエステルの細い腕を掴むと、彼はその腕を無理矢理に引っ張る。常人の膂力とはかけ離れたものを持つエステルとはいえ、男との体格差は歴然だ。彼女は耐えきれずバランスを崩し、たたらを踏む。

「シャアア!」

 気合いの一声を上げ、男は好機を逃さずに刀を逆袈裟に振り上げた。美しい曲線を描く偃月刀がエステルの胴に迫る。

「クッ……」

 エステルは危険を察知し、崩した体勢のまま無理矢理横へと跳躍した。地面の上で二転三転しながらも、なんとか回避に成功する。しかし男はエステルとの間合いを一瞬で詰めており、跳躍から立ち上がったエステルに襲いかかっていた。振り下ろす偃月刀の威力は絶大で、刀越しにエステルの腕に衝撃が伝わり、腕が痺れる。エステルはその顔に一瞬苦しげな表情を浮かべながらも、続く二刀目もなんとか防いだ。

 剣戟は絶え間なく続く。男の偃月刀をなんとか刀で捌き、致命傷を裂けるエステルだったが、防戦一方なのは明らかであった。男の偃月刀による容赦の無い攻撃は、確実にエステルを追い詰めていた。事実エステルはじりじりと後退し、いよいよその真後ろには樫の大木が迫ってきていたのだ。

「……フン、劣等種の分際で我らと同等の力を持つ者どもがいると聞いていたが……この程度とはな」

 男の失望と嘲りが混じる笑いに、エステルは答えない。そして、遂に彼女の踵は後方の樫の木にぶつかり、それ以上後退することが出来なくなった。男はそれを見、勝利を確信した一閃を放つ。その剣筋は今まででもっとも鋭いものであったが、エステルは男の動きの乱れを見逃さなかった。勝利を確信したが故、斬撃のための予備動作が大きくなりすぎていたのだ。エステルは男が偃月刀を振り上げた瞬間に判断し、前進していた。

 エステルの左腕には、いつの間にか尼僧服に仕込んでいたダガーが握られている。そして彼女は、男とすれ違い様にダガーを一閃させる。薄い刃が肉を斬る感触がエステルの手に伝わる。

「ぐあっ……」

 男は右腕を深く斬られ思わず苦悶の声を上げた。渾身の一撃を回避され、そして後ろに回り込まれたことを悟った男はすぐさま偃月刀を構え振り向くが、そこにエステルの姿はない。そこにあったのは、エステルでは無く男に向かってくるダガーだった。

 高い金属音。男は偃月刀により、ダガーは地面へとたたき落とされる。危うい一撃を防いだ男だったが、次の瞬間にはその顔に一筋の冷や汗が流れ出ていた。右から、冷たい殺気を感じたのだ。そこには、ダガーを投げ男の側面を取ったエステルが白刃を掲げていたのだ。

 勝負が付くのはいつも一瞬のことだ。エステルの刀が振り切られ、鮮血が舞う。男は大きく飛び退くが、その右腕はだらりと垂れ下がり、指先にまで伸びた血が滴となって地面を濡らす。偃月刀こそ取り落とすことは無かったが、利き腕をやられてしまえばもはや勝利は無い。エステルは刀を再び構え直すと、男に正対した。

 男は唇を噛みながらも左腕で偃月刀を構える。その闘志は凄まじいものだったが、右手に負った深手のせいで息は荒く、エステルに勝つことは難しいだろう。

 そのときだ、それまで戦いを静観していたもう一人の男が、傷を負った男の前に出る。男のものと同じ偃月刀を抜いた状態の彼を見て、傷を負った男は最初に驚いたような顔をし、そして次には激怒した。

「何をしているムラト! 決闘を汚すつもりか!」

 だが呼びかけられたムラトは、苦しそうな顔をしながらも前から退こうとはしない。

「……アリー、俺たちはここで死ぬわけにはいかない。教会に復讐をすると誓っただろう。こんなところで死んではいけない。俺たちはこの戦いを成功させて、劣等種どもに一泡吹かせないといけないんだ」

「しかし……」

 それでもなお反論しようとするアリーは、ムラトの肩を掴んで振り向かせる。エステルを油断無く見据えていたムラトは、怒りに震えながらも泣きそうな顔をしているアリーを目にした。

「我が相棒よ、劣等種どもに殺された同胞達のことを忘れたか。ここで俺が決闘を汚せば、奴らと同じだ。俺は、誇りを捨てることなどできない……!」

 ムラトはアリーの顔を見て、何も言い返すことができなかった。彼とて、誇りを捨てて目的のためだけに何もかもを犠牲にして戦うことをよしとはしていないのだ。二人の間には気まずい沈黙が降りたが、それは冷たい声によって遮られた。



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