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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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昔のオトコ-5



一輝は、私と妙な噂が立つことを少しも迷惑がっていないように見えた。


いや、むしろそうなることを望んでいて、わざとみんなに誤解されるようなことばかり仕掛けてくるようにさえ思える。


家庭がうまくいっていないのだろうか。


少なくともうまくいっていれば、自分からやけぼっくいをつつき回すような真似はしないと思う。


一輝の妻とは、親しくはないが面識はある。


寿退社したため今は専業主婦をしているはずだが、本社でずっと受付嬢をしていた評判の美人だ。


聞いた話によると、どこかの会社の社長令嬢だという。


彼女は、私と一輝が同じ部署になったことを知っているのだろうか?






「――――天野、ちょっと」


不意に名前を呼ばれてハッと我にかえる。


「はっ……はいっ」


―――いけない。仕事中だった。


周りの視線を気にしながら一輝のデスクに向かう。


なにくわぬ顔で仕事を続けているが、みんなこちらに耳をそばだてているのがわかる。


弁当の一件があってから、課内での私への風当たりが微妙にきつくなっているような気がして、私は神経質になっていた。



「―――課長、お呼びでしょうか」


かなり意識的に冷たい事務的な口調を使い、バリアを張った。


「うん―――今、静岡支社の大倉さんから電話があったんだが……例のTシステムのプログラム、バージョンアップしてからトラブってるらしいんだ」


「Tシステム?……Tシステムの担当は永沢さんですが……」


『Tシステム』は社内独自のデータ管理システムで、私は開発段階でかなり中心的な立場で関わっていたのだが、今は完全に管轄外の仕事だ。


「―――そんなことはわかってるって。でも大掛かりなプログラムの修正は永沢にはまだ無理だろ」


「それはでも……一度本人にやらせてみてはどうですか?」


「いや、やらなくてもわかる。永沢には無理だ」


決めつけたような一輝の言葉に、室内の空気が一瞬にして氷りついた。


「確かに……複雑な作業にはなりますが……永沢がシステムの仕組みを深くまで把握するいい機会ですし……」


「ダメだ。今回の修正は急を要する。お前一人でやれ」


「しかし……」


「いいからすぐかかれ」


「課長………」




反論する言葉を失って当の永沢まりかのほうを見たが、「私にやらせて下さい」と直訴する様子もなく、ただ膨れっ面をしたままじっとデスクに座ってうつむいている。


私や一輝がまりかぐらいの時は、仕事をとられそうになった時はもっとがむしゃらに奪い返したものなのだが。


一輝もそれくらいの気概を持って働いて欲しいと思っているからこそああいう態度をとっているのだということが、私にはわかる。

しかし課の連中のほとんどが私と一輝の関係を疑っている今、ここで私が一輝をフォローするようなことを言えば、私も一輝も更なる反感を買うことは間違いない。



「―――わかりました」


私は軽くため息をついて仕方なくデスクに戻った。


やりかけのデータ処理の画面を閉じてホストコンピューターに繋ぎ直す。


画面が立ち上がるまでの間に、トラブルが起きているという静岡支社に電話をいれた。


「もしもし……本社システム推進課の天野……」

『ああ!祐希ちゃんか?助かったあ!』


件(くだん)の相手は連絡をジリジリしながら待っていたらしく、こちらが最後まで名乗り終わらないうちに、すがりつくような声をあげた。


「大倉課長……お久しぶりです。お待たせして申し訳ありませんでした。とりあえず不具合の詳細をメールで送っていただけますか?」


『ああわかった!祐希ちゃんなら間違いないよ。正直今の担当の……ナントカってコは力不足っていうか……いまいち話が伝わらなくってさ……ホント助かる!』

先方に悪気はないのだろうが、シンと静まり返ったオフィス内に受話器から漏れた大声が響き渡り、こちらはますます険悪なムードが高まってしまった。


「……も、申し訳ありません。私の教育不足が原因ですので……」


慌ててフォローしたつもりの言葉が逆効果だったらしく、この状況に耐えかねた永沢まりかは、ついに両手で顔を覆って部屋を飛び出してしまった。


「―――永沢!


一輝は呆れたようにため息をつきながら、仕方ないといった調子でまりかの後を追って出ていった。




あーあ……なんか厄介なことになっちゃったなあ……。


これから先、毎日のように起こるであろうトラブルを想像するだけで頭が痛い。


昔のオトコと仕事をするというのは、想像以上に大変なことらしい。



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