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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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昔のオトコ-4



「ふーん。こういう弁当ってのもなかなかいいもんだなあ」


まだホカホカと暖かい折り箱の蓋を開けながら楽しそうに笑う一輝に、ぎこちなく頷き返す。


一度全てをさらけ出してしまった相手というのは、距離が開いてしまうとこんなに気恥ずかしいものなのだろうか。


一輝の顔をまともに正面から見ることが出来ない。


何を話してもおかしなムードになりそうで、適当な会話も思い付かないまま私は黙々と弁当を口に運んだ。



「だけど―――こんなふうに天野と一緒にメシ食ってると、神戸支社にいたころを思い出すなぁ。今思えば、あの頃が一番楽しかったよなあ」


私の気も知らずに、悪びれた様子もなくさらりとそんなことを言う一輝。


これでお互い独身ならば、「まだ私のことが好きなのかな」と素直に思えるだろう。


だけど一輝には今、妻も子供もいる。


一体どういうつもりでこんな態度をとるのだろう――――。
それとも……単に私が自意識過剰なだけ?


同じ疑問が頭の中をぐるぐる回って、弁当の味なんて何もわからなかった。


「―――いやぁ、マジで旨かった。これどこの弁当?」


一足早く食べ終えた一輝が、ペットボトルのキャップを緩めながら私に尋ねた。


「ああ……これ……向かいのFビルの下に来るケータリングカーのお弁当屋さん」


「へえ?そんな車が来てるなんて全然知らなかった。こういう情報はやっぱり女子社員のほうが早いなぁ」


素直に感心する一輝。


「ここの店は昼休みと夕方だけしか来ないから……。夕方は出前もやってるから、残業の時とか頼んでる人も結構いるみたい――」


説明しながら立ち上がり、窓から向かいのFビルのほうを見下ろすと、コック帽を被った弁当屋の店主が、ちょうど車から降りて『日替り弁当売り切れ』の札を黒板に貼り付けているところだった。


オールバックに口髭をはやした店主は、今は陽気で気さくなあんちゃんという雰囲気だが、昔は結構やんちゃだったのだろうなというのがなんとなくわかる。


「………ほら、あそこの『弁当テラシマ』って書いてある車……」


「――え?どれ?どの車?」


一輝が立ち上がって私の背中に密着するような格好で寄り添ってきた。


―――ち、近い………。


背後から私の身体を包みこむようにふわりと香ってきたのは、7年前と同じダンヒルのデザイアー。


……その重くセクシーな芳香に、私はうっとりと酔いしれそうになった。


今にも抱きすくめられそうな距離感。
うなじで微かに感じる一輝の体温―――。


それだけのことで自分がはしたないほど濡れていくのがわかる。


我を忘れるほど激しく乱れ、求めあった記憶が生々しく蘇ってきた。




―――ダメ。何考えてるの。




その時―――間の悪いことに後輩の女子社員である永沢まりかが社員食堂から戻ってきた。


「只今戻り……ま――――」


いつものように部屋に入ろうとして、ハッと足が止まる。


「あの………す……すみませ……っ」


いけないものを見てしまったというように、パッと顔を赤らめて素早く踵を返すまりか。


「あっ!ち、違うの!待って!」


慌てて呼び止めたが、まりかは小走りでトイレのほうへ逃げて行ってしまった。


「どうしよう………変な誤解されちゃったみたい……」


すぐさま追いかけて誤解を解くべきかどうか迷い、一輝の顔を見あげる。



「――――『誤解』なんだ?」


「……えっ……?」


「……俺は……いつでも下心、あるんだけどな」



冗談とも本気ともとれる曖昧な微笑み。




「……そ……それって……セクハラでしょ」


私のほうは心臓がいっぺんに高鳴って、それだけ返すのがやっとだった。


「―――てことは天野は迷惑なんだ?結構ショックだなぁ」


言っている言葉とは裏腹に、余裕の顔でクスクスと笑う。


「わ……笑い事じゃな……あ、ありません……」


一輝の一つ一つの仕草や表情にどんどん惹かれてはまっていくのが怖かった。


「まあ―――ほっとけばいいよ。ムキになって否定しても逆効果だろ」


空の弁当折をゴミ箱につっこみながら、一輝はまるで他人事みたいに、簡単にそう言い放つ。


「あ、それと――弁当代は次ん時俺がメシ奢るってことで」


にっこりと笑いながら軽くあげた左手の薬指に、結婚指輪はなかった。



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