I am Providence U-3
この膂力、そして反射神経、これこそが魔族の特徴であり、人でありながら『魔族』と呼ばれる所以である。大陸の一大勢力として君臨する彼らは、その力で築き上げた帝国で幾多の人間を征服して大陸を制覇したのだ。列島へとその侵略の矛先を向けた先の大戦でもその力を奮い、魔族一人を倒すのに騎士10人が必要であるとまで言われた。単体戦力としての彼らは地上で最強の存在である。
法皇庁は彼らを人間ではなく邪悪な魔物と称し、大戦終結後に大陸へ撤退し損ねた魔族の残党を血眼になって探している。
では、その魔族と渡り合える身体能力を持つこの少女は一体何者なのであろうか?
癖のある猫っ毛の少女は、まだあどけなさが残る顔つきに明確な殺意を燃やしながら男を見ている。対する男は、未だにその表情には余裕を貼り付けていた。
「ふん、どうした劣等種。次は平手で戦うのか?」
スパタを投擲して武器を失ったエステルを、男はせせら笑う。
「……心配には及ばないわ。こっちがあるもの」
エステルは尼僧服の背中に手を伸ばし、その裏に仕込まれていた刀を抜きはった。月明かりに反射する刃には、見事な刃紋が浮き上がっている。不規則なのたれを持つその刃紋や、程よく反る刀身は、不気味さと美しさを兼ね揃える魔性のものだ。スパタのような片手で用いる剣ではなく、刀身もエステル自身の半分ほどもあるその刀を我が身の一部のように操り、大上段に構えた。迷いの無い瞳は、白刃と同じ輝きを放っている。男はその異様とも言える雰囲気に飲まれたように黙り込んでいたが、少女の構える刀身に浮かぶ文字を見て態度を変える。
「『I am Providence』……『我は神意なり』だと? 貴様やはり、やはり我らが同胞を殺して回る狂信者どもか」
男は炎すら焦がすほどの憎悪をその目に浮かべる。彼は噂で聞いたことがあった。親しい同胞の犠牲者を知っていた。法皇庁が血眼になって魔族を見つけ出し、そしてその後投入するという戦力のことを。決して存在を公にしない組織。対魔族の狂信者集団。神罰の地上執行者を自称する特務機関。BESTOWERSのことを!
「……この地上に魔族の住む場所は無いわ」
静かに宣言するエステルを前に、男の哄笑が響いた。男は怒りに燃えながら、しかし自分の同胞たちの仇を討つ好機を得て悦びに震えているのだ。
「感謝するぞ狂信者。告げておこう、我が名を」
昂揚する魔族に対し、エステルの目は冷め切っている。彼女は、まさしく汚物を見る目で、若い帝国貴族たる目前の男を見つめていた。彼が高らかにその誉れ高い名を宣言する前に、エステルはそれを遮った。
「--必要無い。お前達に死後の世界は無いのだから、これから死ぬお前に名前なんて必要無い。……『土は土に、灰は灰に、塵は塵に』」
「貴様……」
男は偃月刀を構える。自らを汚物扱いする少女を前に、決闘の礼儀など必要などない。少女もまた、魔族を相手に礼儀に則った戦いなどするつもりがないのだから。男と少女は、決して相容れぬことのない存在だった。お互いがお互いの隙を伺い、動かない状態が続いた。だがそれもすぐに終わる。お互いが、ほぼ同時に大地を蹴って跳躍したのだ。
--森のどこかで狼が吠えている。