I am Providence T-2
やがて、森の奥から、存在しないはずの明かりがぽつぽつと浮かび上がってきた。それはまるで魑魅魍魎が闇を歩き回るという百鬼夜行の輝きの如き不気味さであったが、二人の尼僧は怯えた風もなく、ただその先を見つめていた。
そして森の奥からぬっと浮かび上がってきたのは、松明を手に取った男達であった。足で大地を踏みしめている様から、彼らは人間であることは間違いない。だがそれぞれ松明と同時に手には短剣や斧、槍まで持っている人間もいた。そしてその顔には、それぞれ隠そうともしない下卑た笑いが張り付いていたのだ。野党である。男からは身ぐるみ剥いで奪って殺し、女なら身ぐるみ剥いで犯して殺す。都市という文明の明かりに決して照らされることがない者どもである。
「……よお、姉ちゃん。俺らの相手をしてくれねえか?」
その中の一人、おそらくはリーダー格であろう男が、内に篭めた欲望の臭いを撒き散らしながらベラに問いかける。20人はいるだろうか、彼らはゆっくりと広がると、半円状にベラとエイダを取り囲んでしまった。
「……いえ、間に合っていますので」
冷たくあしらうベラの言葉を聞いているのかいないのか、男は二人の尼僧の体を検分するのに夢中だ。
黄金のような金髪に女性的な柔らかい顔、そして尼僧服の上からでもわかるはちきれんばかりの胸。その胸に半円状の男達は釘付けだ。そしてもう一人、燃える赤髪に気の強い吊り目、胸こそ控えめだがその手足はすらりと伸び、無駄肉がなく、さりとて貧相でもない絶妙のバランスを保った体躯を持つ女。こちらにも男達の視線は移る。あからさまな欲情の視線に、エイダは不愉快そうにし、ベラは薄く笑っていた。
「そうかい。ま、俺は長話は好きじゃあねえんだ。……やれ!」
その言葉を受けて、檻が開け放たれるのを待ちわびていた猛獣の如き勢いで男達は我先にと尼僧に群がっていく。野党にとって略奪こそが至高の時だ。彼らは欲望の赴くままに壊し、犯すことができる。彼らはそれぞれ手に持った獲物は相手を脅すための道具と考えていたし、尼僧二人程度にそれを使う必要もないと考えていた。……それがいけなかった。
一人の男が群れから抜け出し、一番乗りでエイダの目前に迫る。片手には斧を持つ男は、相手左腕でエイダの胸ぐらを掴もうとしていた。そのとき、エイダが鋭く腕を振るった。
色欲、その欲望を顔に貼り付けたままの男の顔が胴体から離れ、ごろり、と後ろへ転がり、男達にその顔を見せつける。頭部を失った胴体はふらふらと前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
腕をふるったエイダの手には、幻のように現れた剣が握られている。剣はスパタという列島で最も普及した片手用の剣である。
静寂が男達を支配する。今の今まで蹂躙されるしかないただの獲物だと思っていた女の、見事な一閃に、ぽかんとした表情を浮かべていた。だが、いち早く驚愕から立ち直ったリーダー格の男が、仲間を殺されたこと、もしくは獲物と思っていた弱い女の思わぬ反撃に、怒りを露わにして彼女らに襲いかかったことで、野党共はそれぞれの獲物を使うことを決意したようだ。利き手に持ったその獲物をそれぞれ振り回しながら、二人の尼僧に突っ込んでいく。
その怒りの全てを受け止めてエイダはにやりと笑う。
「やっぱこう来なくちゃな」
対するベラは冷たい。
「余計な仕事よ。面倒は避けたいのだけど」
今度は正面、そして右からベラに男が迫る。それぞれ剣と斧を持っており、それを躊躇いも無くベラに振るう。
だが、尼僧を切り裂くはずだったその一降りは空しく空を斬り、彼らは忽然と尼僧のいなくなった空間を見、そしてお互いに顔を合わせた。
「破ッ!」
気合いの声とともにベラが跳躍から舞い戻り、地面へと降り立つ。その腕には剣が握られており、正確に正面の男の首筋を切り裂いた。柔らかい首筋は剣を簡単に受け入れ、皮膚とその下の血管にまで剣は侵入する。ベラが腕を振り切ると、ぱっくりと空いた傷口から滝のように血が噴き出てきた。ベラは腕を返す勢いでもう一閃させる。右に立つ男は斧を空振りした間抜けな体勢のまま、こちらも首筋に剣の一降りを浴び鮮血に飲まれながら倒れる。
エイダはもっと暴力的だった。彼女の二倍以上の横幅を持つ男が縦に振るった斧を半身で避けると、斧と交差するように片手で振るった剣が男の脳天に直撃し、その頭蓋骨を砕いて顔面の中腹まで圧し切る。女が片手で振るったとは思えぬ威力だ。巨漢の後ろから叫び声を上げてもう一人の野党が槍を突き出したが、これは彼の目前から掻き消えたエイダをとらえることは出来なかった。
跳躍し、巨漢を飛び越えながら頭にめり込んだスパタを抜いたエイダは、一瞬で槍を突き出す男までの距離を詰める。
「グェッ!」
潰された蛙のような鳴き声を上げた男の背中からは、血に濡れたスパタが生えていた。エイダは片手で握るスパタに力を込め、男を蹴り飛ばした。肉の抉れる音と鮮血を残して、男は後方へと吹き飛んだ。