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BESTOWERS
【ファンタジー 官能小説】

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Agitator V-1

 城外に出たところで見送りの兵士をなんとか断り、三人だけの無言の町並みを歩き出す。ミドルードへ入った途端の出来事に、エステルは強ばった肩を揉みほぐす。

「で、結局、くだらない乙女心に付き合わされただけってか」

 流れるような赤髪を指で弄びながら、呆れたようにエイダがぼやく。そんなエイダの様子に、エステルは何よりもこの人が乙女心なるものを理解できていたことに驚愕する。

「いや、そうでもないでしょう。危うく買収されそうになってたわよ、私たち」

 大きく息を吐くベラは、相当に疲れた顔をしている。おそらくはラスプーチンとの会話に神経を使った故の疲労であろうが、エステルとエイダを横目で見るその目からは、会話に参加せずのんきに居眠りしかけていた同僚に対する恨みが積もっているのがわかる。そして、一体なんのことやらわかっていない同僚二人の間抜け面を見て、殊更大きいため息を吐いた。

「……いい? あんな席でラスプーチンみたいな男が、単なる深窓のご令嬢の懺悔斡旋なんてすると思う?」

「……相当なワガママ姫だった、とか?」

 エステルの言葉に、今度は額を押さえて考え込んでしまう。エステルは神学校に通ったことはないが、おそらく出来の悪い学生相手に教師はこのようなポーズを取るのだろうと唐突に思った。

「……当主が暗殺された国に聖職者が法皇庁からやってきて、ラスプーチンはどう思う? 本当にただの補充要員だと信じる?」

 ベラにはラスプーチンから召還された時点である程度予想が付いていたようだったが、エステルにはそれがわからない。しばし考え込むが、ついぞ閃きは舞い降りてこず、申し訳なさそうな顔をベラに向けた。それに対してエイダは、尼僧服の上から細い腰に手を当て、考えているのかどうかわからぬような顔をしていたが、ぽつりとつぶやく。

「ああ、密偵か」

 その答えにほっとしたように頷くベラを見て、エステルはショックを受ける。少し自慢げにエステルを見下ろすエイダの顔を見て、裏切られたような顔をした。その後、エステルにとっては恥を忍ぶ時間であった。

 ベラがエステルにわかるように説明をしていく。法皇庁は、列島全土に存在する各地の教会から情報を仕入れている。そのため今回のボルジア家暗殺騒ぎもどの諸侯よりも早くその情報を掴んだのは法皇庁である。そして、法皇が与える諸侯の後継者の公認は、その権威によって世に与える影響は大きい。つまりラスプーチンは、このタイミングでミドルードへやってきたエステル達を、「法皇の密偵」と見なしていたのだ。それ故、アナスタシア姫が懺悔を求めているとして神と教会を重視していることを誇示し、ミドルード城へ泊まるように要求したのだろう。恐らくエステルらがミドルード城へ泊まれば、密偵を買収して法皇への報告を少しでも好意的なものにしようと、様々な「接待」をラスプーチンが仕掛けて来る様が想像できる。

 そこまで言われ、エステルは深く感心して唸ってしまった。

「ま、あんたより私とベラの方が経験豊富なんだ。経験も見た目も、まだまだ私らには勝てはしないでしょ」

 そう言ってエステルを小馬鹿にするエイダは、自慢げにそのプロポーションの良さを見せつけるようなポーズを取る。これで往来に人が溢れていたらとんだ痴女である。なんとか反論して見せようとしても、自分だけがそれを理解できなかったことは事実であるし、更に自らの体型、低く小さい--あらゆる部分が--というのを気にしているエステルにとって、尼僧服の上からでもわかるほど窮屈そうなベラの胸と、すらりと長い手足に腰のくびれを持つエイダを前にすると、百万の魍魎を前にした気分になるのだ。

 故にエステルは、自らの体を見つめつつ将来の繁栄を誓い、今は歯を食いしばって耐えるのだった。

「それにしても、ラスプーチン、何者かしらね。ミドルードほどの都市なら人の移動は膨大なものでしょうし、ボルジア当主暗殺で混乱の只中なら聖職者数人の出入りなんて把握できないって局長は踏んでいたけど……もしかすると、外出禁止令はこのために彼が命じたのかもしれないわね」

 エイダとエステルのやりとりをいつものことと割り切り、しきりに自分の体を見てはため息と歯ぎしりを繰り返すエステルに気づいているのかいないのか、ベラは考え込む。

「あるいは暗殺も、か」

 一瞬鋭く目を光らせたのは、エイダだった。ラスプーチンを前にしても気怠そうな態度を崩さなかった彼女だが、一瞬、獲物を狩る獅子を思わせる雰囲気に変貌する。ベラはエイダのその表情を知りつつも、涼しい顔で微笑んだ。

「何にせよ、この会合は収穫があったな」

 未だに胸を押さえるエステルの言葉に小さく頷き、三人は赴任先の教会へと向かった。


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