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BESTOWERS
【ファンタジー 官能小説】

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Agitator U-2

「しかし、その役はミドルード城下の教会にいる僧侶では務まらないのです。これはなにも、彼らの能力を疑ってのことではありません。殿下は、ボルジア家の次代当主であると同時に、うら若き乙女で御座います。それゆえ、彼女は彼女のことを良く知る城下の僧侶ではなく、ボルジア家外部の僧侶に懺悔をしたいと考えておられるのです」

 そこまで聞いて、ようやくエステルは話を理解した。つまり、ボルジア家当主になるにいたって突如過去の行いに罪悪感を抱いたアナスタシア姫だが、城下の神父相手ではこちらをよく知る相手だけにやりづらく、それ故ボルジア領に今日流れ着いてきたエステルらにそれを頼もうと言うのだ。

 婉曲的で、まるで何か大仰な儀式を執り行うかの如く語るラスプーチンの姿は、滑稽と言えよう。近隣諸侯に注目を浴び、姫に魔法の如く取り入った様から怪人とまで呼ばれる男から語られる内容とも思えない。これは案外、アナスタシア姫の体調が悪いというのも、エステルらにそのようなことを告白するのに耐えられぬか弱き乙女心ゆえ、ということなのかも知れない。エステルは、伏魔殿に入り込んだ気分が晴れ、そして身構えていた自分を少し笑った。エイダにいたっては、乙女のそのような感情を理解できぬようで、まだ納得できないように首をひねっていた。

「しかし、殿下の体調のせいとはいえ、こちらからシスターをお呼びしておきながら本日面会出来ぬと言うのはこちらの落ち度で御座います。どうか今日は、このミドルード城に部屋をご用意いたしましたので、そちらでお休みください。明日、殿下の告白を聞いていただければ有り難いと存じます」

 ラスプーチンは、今度こそはっきりと、フードの隙間からはっきりと口を覗かせ、笑みをエステル達に見せた。フードで顔を覆ってさえいなければ、その弁舌と併せて完璧な執事であるという印象を与えただろう。

 それに対して、ベラは少し考えた後にやはりラスプーチンに負けぬほどの笑顔のまま、答える。

「いえ、有り難い申し出では御座いますが、我らは神に仕える身。ボルジア領の豊かな食物を口に含み、上質な寝床を体験してしまえば、我ら聖職者は今後罪を犯し続けることになりますわ」

 ベラの言葉に、ラスプーチンは不思議そうに尋ねる。

「ほう、罪、とは?」

「神父様に『神に仕える生活に満足しているか』と問われれば、はいと答えるしかありません。……しかし主は仰いました。『汝隣人に偽証することな勿れ』と」

 輝かんばかりの完璧な笑顔でそう言い放ったベラに、ラスプーチンは一瞬ぽかんとしたが、すぐに肩を揺らして笑い出した。

 貴族や、上流階級の人間はこのような妙な会話を好むようだが、エステルにはどうも慣れない空気だ。このような会話に長けるベラを見ていて、果たしてどこでそういう会話を仕入れてくるのか常々不思議に思っているくらいなのだから、ある意味で最も聖職者らしいのがエステルであった。

 ラスプーチンはひとしきり笑ったあと、その断り方をされてはこれ以上引き下がれぬと判断したのか、エステルらに再び今回の無礼を詫び、アナスタシア姫の体調が回復したら今度こそ姫の告白を聞いていただきたいと願い出た。ベラは当然その要求を快諾すると、一同の会話はそれ以上必要無くなり、ラスプーチンもエステルらを教会へと送り届けようと申し出てきた。

 そのときだった。突如、エステルの背後にあるこの部屋唯一の扉が、けたたましい音と共に開かれたのだ。

「ッ!」

 弾かれたように振り向いたその先には、甲冑が立っていた。凄まじい巨体であり、その姿は扉を挟んだ向こう側にあるのだが、首から上を確認することが出来なかったのだ。男一人が悠々と通ることができる扉を遙かに超える背丈の男は、静まりかえる室内をさして気にした風でも無く、その巨体を屈めて室内へ入ってきた。

 頭部には室内であるというのに兜を装備しており、その厳重に封をされた鉄兜は、まるで獰猛な獣を封じる折のように彼の目を隠している。

「不作法であるぞドミンゴ! 誰が入って良いと言った!?」

 それまでの会話からは想像も付かぬ怒声で、ラスプーチンが巨体の男を叱りつける。しかし巨体の男は反応が薄い。その巨体を微かに動かして室内の三人、エステル、ベラ、エイダを眺めると、やや遅れてラスプーチンに返事をした。

「……申し訳ありません」

 その声は低くひび割れており、会話よりも剣戟の応酬を好む人間のそれであった。ラスプーチンは不快感を露わにしながらも、自ら非礼を詫び、エステルらを教会へと送り返したのだった。


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