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BESTOWERS
【ファンタジー 官能小説】

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Agitator T-2

「賢しげなことを言うな賤民! 殿下の寵愛を受けておるとはいえ、政に口出しするなど過ぎたことと弁えよ!」

 青筋を立てて、末席に立つ年若い貴族は吠える。だが、ラスプーチンにその怒号が効果的であったかは疑問だ。彼はフードの下から見える唇をうっすらと嗤わせているからだ。

「いやいや、少し落ち着かれよアロンソ卿。彼の言うことももっともですぞ。クーパの如き野蛮人では、このボルジアの領土は焼け野原になりましょうぞ」

 小太りの貴族が、アロンソ卿と言われた人物をたしなめる。アロンソ卿は渋々と、彼の言葉に従い怒気を納めた。だが、問題は解決しない。すると再び、最も年老いた重臣、ブランコ卿が口を開いた。

「では、皇帝陛下に保護を求めるのは如何か? 皇帝とクーパは不倶戴天の敵。クーパと領土を接する我々としては、これ以上ない保護者のように思われますがな。皇帝陛下の庇護下に入れば、ボルジア家の掃除もしてくれるやもしれませぬ」

 『掃除』という部分を強めてブランコ卿はラスプーチンを横目に見る。彼もこの得体の知れぬ男を忌み嫌っているのだ。

 そしてブランコ卿の言葉は一座を納得させるにたるものだった。帝国全土に対する影響力は薄れたとはいえ、皇帝の権威は高く、その直接支配下の領土は広大だ。今のボルジア家家臣団にとってはこれとない庇護者のように思われた。
 
「ほう……かの『失地帝』に庇護を乞うと? 後継者問題に口を出し、国を分断するのがお得意なあの失地帝に? この場に居合わせる皆様はもうお忘れか。かの皇帝フリードリヒが法皇崩御の後、法皇選出会議に口を挟んだことがこの乱世、大分裂の引き金になったことを」

 ラスプーチンの言葉は、煽動者のそれだ。その言葉の魔性で、重臣達の気持ちは揺らぐ。

 今より数年前、魔族侵攻の爪痕が残る中、時の法皇インノケンティウスは崩御した。それに伴い、次の法皇を選出する会議が開かれたが、これに口出しをしてきたのが今上皇帝たるフリードリヒ1世だった。彼は帝国に多大な影響力を持つ法皇を嫌っており、その選出をコントロールし自らに従順な法皇を据えることで、帝国の強大化を図った。

 だがこれに反発した法皇庁との間に諍いが起き、それは帝国が統べるこの列島全体に波及した。皇帝側と法皇側に分裂した各地に封ぜられた諸侯がそれぞれ戦を始めたのだ。結果、法皇選出に介入失敗した皇帝が手を引き、戦乱は終息したが、列島は完全に分裂し、皇帝の影響力はその直轄領だけとなったのだ。フリードリヒはその失策により直轄領以外の領土全ての実験を喪失した故、『失地帝』と影で囁かれるようになる。

 これによって各地の貴族の所領は領邦と化し、事実上の「国」として機能を始めた。それが現在の戦乱の世を生み出した原因なのだ。

 そして、そのフリードリヒ『失地帝』に庇護を求めたらどうなるか? その子息たるカスパーを無理矢理ボルジアの当主に据え、そして譜代の家臣たる我々を蔑ろにするのではないか? その様な想像が場に居合わせる面々の脳裏に浮かび上がっているのだろう。ラスプーチンの言葉に追従する者は誰もいない。

 ラスプーチンはその笑みをより邪悪なものへと変えた。彼こそが煽動者である。彼の言葉は、重臣達の保身の心をくすぐり、彼の意のままの行動へ向かわせるのだ。

「余は、ラスプーチンの意見に賛成である。確かにフリードリヒ失地帝は信用に足る人物とは言えますまい。ここは、アナスタシア殿下の家督継承を進め、家臣一同でボルジア公爵領を守るしか無いでしょう。如何でしょうか? 皆様方」

 沈黙の降りる一座へ、決定的な言葉を放ったのは、痩せぎすの男だ。蛇蝎のごとく嫌われているラスプーチンに賛成を示す男の指には、悪趣味な指輪は嵌められていた。

 一同は、はじめは控えめに、だが周りも同じ思いだと知ると次第に大きな声で、その意見に賛同を示した。ラスプーチンの意見に賛成、ではなく、その男の意見に賛成、という『逃げ道』を使って、だ。

 その様を眺める痩せぎすの貴族は、にやり、と顔を歪め、ラスプーチンへ目配せをした。

--全ては煽動者の思うままに。


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