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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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お嬢と爽やかと冷静男-10

 遠矢の話を聞くかぎり、困らせている変質者とやらは指を差している当の本人のはずなのだが。
「……あなたが、です」
 ため息まじりの遠矢のつぶやきは、またも無視。こんなに疲労している遠矢は初めて見た。
「……冤罪だ。僕は何もしていない」
「ふんっ、聞く耳もたないね。人の痛みを知らない犯罪者は往々にして己の罪を認めたがらないものさ」
 もうこいつの中で僕は犯罪者確定らしい。思い込みの激しい男だ。
「さあ、このぼくが来たからには、もうこんな変人に怯える必要はありませんよ桜子さん!」
 遠矢は爽やかに対してかなりの嫌悪感をあらわにしているというのに、その視線を受けとめている本人はまるでそれが見えていないかのように振る舞う。ある意味、尊敬に値する感性の持ち主である。まかり間違ってもこうはなりたくはないが。
 そんな質の悪い漫才を傍観しながら、僕は邪魔みたいなのでこっそりと帰ろうか、と考えた。もちろん口には出していない。
 だというのに、まだ思うだけで一歩も動いていないにも関わらず、遠矢にきつくにらまれてしまった。もはや勘の領域を越えているその対応に、超能力かと本気で悩んでしまった。
 ……さらに、こいつならそれもあるかと思ってしまった自分が悲しい。
「自分だけ逃げようとしても、そうは行きませんからね」
 そう言って、さらに強く制服を引っ張る。
 強く、と言ってもしょせんは女子の細腕、振りほどくのは簡単だろう。だが、その場合の事後処理はとてつもなく大変になるだろうと思うと、どうにも動きが取れなかった。我ながら、変なところで遠矢に対する畏怖が染み付いているものである。
 と、ふと思う。
 ……昔はこんなことはなかったような気がする。後でどう言われるか分かっていても、それでも他人を避けていたはずだ。それで嫌われても、そのことすら無視しているように見せてきた。知らない相手に嫌われるよりも、信じた相手に傷つけられるほうがつらいから。
 だから他人と接するときにまず考えるのは、いかに早く接触を終わらせるか。人の数はイコール傷つけられる可能性。触れるからこそ傷付けられる。
 どんな気持ちであれ他人に何かを思うのは危険、だからこそすべてに無関心でいるべきだ。
 そう、思っていた。
 それが変わっていく、変えられていく。
 原因と思われるあの脳が天気な女、話すたびによくすねて、よく怒り、それ以上に笑いかけてくれるあいつは、今ごろ部室で何をしているのだろうか。
「……はっ」
 思わず苦笑がもれた。
 馬鹿なことを。今日は色々なことがありすぎて疲れているんだ、自分にそう言い聞かせた。
「……? どうかしましたか」
「別に。……いいからさっさとお前の口から言ってやれ。――迷惑だから今すぐ失せろ、って」
「……幸一郎さんの中でわたくしのイメージは、そのような乱暴なことを口走る女なんですか?」
「当たり前だ。……いちいち人をにらんでる暇があったら早く言え」
「……でもですね……」
 言葉を濁して軽くうつむき加減になる。
 煮え切らない遠矢の態度にイライラしてきた。
 だいたい、いつもはあんなにも傍若無人だというのにこの現状は何だ。
「ちっ……。後は勝手にふたりで話し合ってろ。僕はもう行くぞ」
「ああ、そうしたまえ。さあ桜子さん、そんなやつは放っておいてぼく達ふたりの未来を存分に語らいましょう!」
 もうこれ以上は付き合っていられない。昔の考え方が脳裏に蘇り、自分でも冷たいと思われる声で遠矢にそう告げると、僕の制服をつかんでいる手を引き剥がしにかかる。
 そして僕が腕に触れた瞬間、遠矢は弾かれたように顔を上げた。
「……何だよ」
「待ってくださいっ、あのですね……その……」
 何かを言いたそうに口を開きかけ、しかしすぐに閉じた。それを何回か繰り返したが、結局そのまま黙ってうつむいた。
「……何も言わないで考えが伝わるほどお前とは親しくはないんだが。何かあるなら口で言え」
 遠矢がどう思っているかは知らないが。
 また少しの沈黙。
 だが今度はすぐに意を決したように顔を上げ、
「……あの、お願いしますから、……行かないで、ください」
 風が吹けば簡単にかき消されそうな声で小さくそう言った後、悔しげに顔を背けて、
「……くっ、幸一郎さんに真剣なお願いをしなければならないなんてっ……。屈辱ですっ」
「……喧嘩売ってるのかお前。――買わないぞ」
 頼みごとをひとつ聞くだけでもいちいち腹が立つやつである。わざとか否か、どちらにせよ迷惑千万なのは確かだ。
「……君、いつまで話しているのかな? 早く去りたまえ」
 爽やかが偉そうだが今はスルー。
「ともあれ残ってやるが、これで貸しひとつだな。忘れるなよ」
「大丈夫です……。そもそも覚えませんから忘れるなんてありえません」
「……お前のこと、さらに嫌いになったぞ」
 え? と小首をかしげる遠矢を横目に、ため息まじりに爽やかに向けて言葉を造る。
「と言う訳で――、遠矢が話があるそうだ」


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