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忘れ得ぬ人/側聞(早苗と茜)
【同性愛♀ 官能小説】

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全一章-2

「ママ、ただいま」
「レッスンどうだった?」
「ママ、やっぱり彩乃先生・・・おかしい・・・」
「え? どうしたの」
「今日からマズルカが14番に入ったんだけど、私が弾き出すとね・・・先生泣いてたよ」
「14番か・・・ああ・・・14番ね」
「14番がどうかしたの?」
「音楽って不思議よね。その曲を聴くと、あの日あの時、辛いとき楽しいときの記憶が一瞬で蘇るじゃない? 茜にはまだないかなあ。年をとると、必ず1曲か2曲はあるものなのよ」
「彩乃先生にとって14番ってそういう曲なの?」
「ママにとってもよ。忘れられない曲なのよ」
「それ、どういうこと?」
「いつか話したげる」
「ママったら、気を持たせちゃって・・・あ、ママも泣いてる。いったい何なのよ。教えてよ」
「ママ、思い出すと泣けちゃって・・・まだダメなのよ、この話・・・」
「先生ね、今日レッスンのあと、私の手をとってね、こうやって撫でたの・・・茜ドキドキしちゃった」
「・・・・・」
「茜の手を撫でながらこう言ったの。茜のショパンはね、ソナタとか練習曲はまあまあいいんだけど、マズルカやノクターンは、技術的には難しくないけど、心が問題なのよ、って」
「うん・・・分かる」
「いままでは、ベートーベンとかモーツアルトが主だったでしょ。ショパンになってから、彩乃先生の様子が何だかすこーし変なんだよね」
「そりゃあ、彩ちゃんの得意なレパートリーだからよ。っていうか、ピアノにとっては、やっぱりショパンって特別だもの」
「うん・・・でもね、むしろ、たどたどしく弾くくらいに、だけど、それには技術的にも音楽的にも完成された感性を持たないと聞く人を納得させられないのよって、言われても・・・」
「茜は、それ聞いてどう思った?」
「分かるわけないじゃない。難しすぎるよ、完成された感性なんて・・・ダジャレじゃないよね」
「バカね。でも、彩ちゃんがそこまで言うのは、技術的には茜を認めたってことね」
「そうかしら?」
「そうよ・・・」
「先生を泣かせたから?」
「あ、それ、違う。それは聞く方の感性・・・」
「はあ? 何が言いたいのか分かんない」
「弾いてる人が未熟でも、聞く方の感性がそれを補っているってことよ」
「ますます分かんない。明日が怖くなっちゃうなあ」
「いくら傷が癒えたって傷跡って残るでしょ? 彩ちゃんはにとってはね、その傷跡は消えてはいけない傷・・・傷じゃないか。だけどまあそれが傷跡として、生々しく開いてしまうのは、やっぱり辛いんだと思う」
「さっぱり分からん」


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