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忘れ得ぬ人/側聞(早苗と茜)
【同性愛♀ 官能小説】

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全一章-13

「それなのよねえ・・・ママにも誰にも分からない。間違っているかも知れないけど、赤ちゃんがお腹の中にいたって聞いた瞬間、妊娠中毒症だったんじゃないかって思ったわ。あの奈津子先輩のことだもの、誰にも言わずに、死ぬ間際まで痛みや苦しみに耐えていたんじゃないか、旦那さんは、大酒飲みだったそうだけど、そんな奈津子先輩に手を挙げていたんじゃないか、自殺したんじゃないか・・・いろいろと頭が痛くなるほど考えちゃった。それというのも、奈津子先輩の死を知った彩ちゃんが心配だったのよ。知らせを聞いただけで、東京のお部屋で死んでしまうんじゃないか、なんて・・・」
「それで? 彩乃先生は帰ってきたのね」
「後で聞いて知ったんだけど・・・学校を放棄してしまったって。気丈な彩ちゃんだもの。学校より、奈津子先輩の死を自分の目で確かめたかったのよ、キット。帰ってきたのよ。辛かったでしょうけど」
「彩乃先生・・・可哀想ね・・・」
「もう、心配で心配で・・・お母さんから連絡もらって、彩ちゃんに会いに行ったんだけど・・・普通だった」
「普通だったって・・・なにそれ」
「少しぼんやりはしていたけど、普通に笑っておしゃべりしていたわ」
「そんなことって・・・」
「そう・・・茜だったらあるはずないって思うでしょ。だけど、ママには分かったの。だって、奈津子先輩と彩ちゃんの秘密の恋なんて、表向きはママも誰も知らないことになっているのよ。だから、それが例えママであっても、人と会っているときは心を閉じているんだなって・・・それほど奈津子先輩の死が悲し過ぎたのよ。人前で泣けるのはまだ甘いのよ。本当のホント、悲しみが超えてしまうと涙も出ないのよキット。だから、彩ちゃんが普通に振る舞えば振る舞うほど、彩ちゃんの悲しみの深さが胸に堪えたわ。何か心に秘めているんじゃないかって、ママは気が気じゃなかった。彩ちゃんのお母さんには、それとなく彩ちゃんが一人で出かけるときも離れないでねって言っちゃったくらいだもの。一方では、せめて私ぐらいには心を開いてよって、言うに言えなくて辛かった。」
「彩乃先生と奈津子さんの間には入れなかったってことね」
「そう。茜、エライね。ママの寂しさ分かってくれる?」
「うん・・・今、自分に置き換えて聞いていたからよ」
「・・・それでね、しばらく経ってから、勇作さんが結婚したの。その結婚式には行かなかったわよ。だけど、しばらくして、彩ちゃんに会いたくてお祝いを兼ねて瀬戸家に行ったのね、そしたら彩ちゃんが出ていったっていうじゃない。ママ、青くなっちゃった。勇作さん夫婦が同居するようになったんで、なんだか居辛くなったみたいでね、新田さんちのご両親に懇願されたし、奈津子さんのお部屋で暮らすって言い出したらしいの。ああ、そういうことか、と、ちょっとホッとして、その足で新田家に行ったの」
「そうか・・・奈津子さんの妹みたいに思われていたし、新田さんも寂しいから一緒に住んで欲しいって思ったのよね」
「新田さんからすればそうでしょうね」
「そうじゃないの?」
「それもあるでしょうけど・・・ママは違うと思った」
「どう違うの?」
「奈津子先輩のお部屋よ・・・彩ちゃんにとっては愛の巣よ・・・」
「アッ・・・そうかあ・・・そうかあ・・・奈津子さんとの想い出がすべて詰まっているだもんね・・・でもそれって、よけい辛くない?」
「ママ、思ったの。辛い辛いと悲しんでいるだけじゃなく、奈津子先輩の方が悲しかったんじゃないか、そのお姉ちゃんの想いに近付いてみよう・・・って、彩ちゃんなら、逃げないでそうするんじゃないかって思った」
「はああああ・・・辛いなあ・・・茜なら耐えられるかなあ・・・」
「その立場にならないと分からないわねえ。一番愛する人を失ったら、自分ならどうするだろうって、ママだって、考えたって分からないわね。もし仮に、茜が何かの拍子に死んでしまったらって、考えない訳じゃないけど、目の前にお茶目な茜の顔があるんだもの。正直に言うと、分からない」
「そうねえ・・・それで、彩乃先生はいたの?」
「うん・・・いたわ。勝手知ったる奈津子先輩の部屋だもの。ドアも開いていたし・・・入るわよって言ったママの声にも気付かずに、奈津子先輩のドレッサーの前で、Tシャツの胸を掴んで、身動きもせずにジッとしてたの。・・・」
「ご両親は?」
「車がなかったから出かけていたみたい・・・いなかった・・・いけない、ママもうダメ。今日は勘弁して」
「つらいの?」
「うん・・・思い出すと辛くなってくる。もう過ぎたことだって思いながら、彩ちゃんの心を覗いてしまったママとしては、とってもつらい・・・」
「じゃあ。茜、素直にママの落ち着いた時を待つわ」
「そうしてね。夕飯の用意もしなくちゃいけないし・・・」


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