部活と冷静男と逃亡男-13
「あ……その……」
「その？」
「……」
沈黙が針になり、僕の全身にチクチクと突き刺さる。
視界の端で遠矢が嬉しそうな表情を浮かべているが、今はそれに構っている暇はない。賽は投げられてしまったのだ。
だって、隣、すぐ隣だぞ!?
「……」
「……」
しかし、沈黙と期待の視線というコンボはずるいと思う。逆らえないよ、これは。
そんな予想どおり、限界はすぐに訪れた。これ以上は沈黙に耐えられない。
遠矢がクスクスと笑っているのが気に障るが、ここは我慢して椅子に――つばさの隣に腰を下ろした。
「うんうん、素直でよろしい！」
途端に笑顔になるつばさ。本当、卑怯な笑顔だ。こんなの見せられたら次も逆らえないに決まってる。
それにしても、何とも落ち着かない。どこを見ても視線が定まらず左右に動き、心なしか喉も乾いてきた。
心搏数も上がってきて、実際は聞こえないと分かっていても、隣のつばさまで聞こえてしまわないかと心配になり、さらに動悸が早くなる。
「――たの？」
「……」
「ねえ、大丈夫？」
「えっ――」
ハッと気が付くと、つばさの顔が目の前にあって、
「――っ!?」
驚いた。陳腐な言い方をすると、心臓が飛び出るかと思ったぐらい驚いた。
「本当にどうしたの？ 大丈夫？」
「あ、ああ。何でもないから気にするな」
どうやら緊張のあまり、傍から見て心配になるほど挙動不審だったようだ。
つばさが近くにいるのは初めてではないのに、今は妙に意識してしまう。
「ふふ、若いですね。青春ですね」
「……五月蝿い」
「ああ、そうですわ。幸一郎さん、わたくしのことは気にせずにあーんな事やこーんな事をしても構いませんからね。ちゃんと見て見ぬふりしますよ」
「……何だよ、あんな事やこんな事って」
「あら、このぐらいの年頃の少年は女の人を意識すると胸が高鳴るという、早い話が犬並でしょう？」
「……」
その時やっと気が付いた。このまま話を続けると、あっちにペースを持っていかれるかもしれない、と言うよりも確実に持っていかれる。
だから、僕は英断した。
――何かを成すときに、その姿をイメージすることは大事だ。
完璧なイメージを伴った行動は、よく分からないが、とにかく凄いらしい。
だから、僕も遠矢に飛び切り冷たい対応をする自分の姿を思い浮かべた。
冷酷に、冷淡に。何の価値もないものを見るような目で。
……イメージはできた。後はそれを実現するため、仕草、表情などの全てを出来上がったイメージに従い統率するだけだ。
「――遠矢」
なるべく機械的に名前は呼んだ。
次は、ただ睨むだけではなく、できるかぎりの冷たく無関心を装った視線を向ける。
それも成功。
その後に言う台詞も準備は万端、そしてベストだと思われる間を空け、
「――消えろ、今すぐに」
言った。
完璧だ。最高だ。パーフェクトだ！
普通の感性なら、この一連の流れで自分がいかに邪魔者であるか理解できるはず。
現に僕の思惑どおりに、遠矢は言葉を探しているような表情を浮かべている。
「――そう、ですか。分かりました」
やがて、ポツリとそう言った。そして気まずそうに視線を床に向けると、
「そうですよね、見られたくないに決まってますよね――燃えるような情事とか、欲望のままの行動だとか、夜の営みなんて」
「なっ――！」
小声だがハッキリと聞こえた。
だから、すぐ隣のつばさにも聞こえただろうが、表情を見る限り意味は分かっていないようだ。
少し安心しながら遠矢を睨み付ける。
「……おい、何でそうなる。お前の脳内はピンク一色か？」
「だ、大丈夫ですよ？ 終わるまでしっかりと目を瞑って待ってますから」
「人の話を聞け」
「はっ、そ、そうですね、どうにかして音や声を誤魔化さないと。たかが一教室にそんな防音を期待出来る訳ないですから、もし他の生徒にでも聞かれてしまったら――ふふっ、結構楽しいかも知れませんね？」
「……すごいな、完璧に自分の世界だ」
「テレビがあれば音量を上げるんですけど、生憎この教室には無いですから……。なるべく声を殺すしかないようですね」
「……僕は声よりお前を殺したいぞ」
「それじゃあ、始めてください」
「……」
そう言いながら遠矢は自分の顔を手で覆ったが、明らかに指の間に隙間が見える。
しばらく黙って眺めていても動く気配が無いのは、ツッコミ待ちなのだろうか。
「……あの、まだ始めないのですか？」
とりあえず無視。