華麗なる逃亡日記 〜逃げちゃダメだ!〜-7
そうと決まれば時間が惜しい。由紀は美奈を一層強く抱き、
「ん……」
「美奈……!!」
一気に押し倒そうとした。しかし、
「おーい、そこのお二人さん。道を踏み外そうとしてるところを悪いんだが、先生がやっと正気に戻ったみたいだぞ」
御幸の一言に動きを止めると、美奈は体を離した。由紀の目を真っすぐ見て、
「……由紀ちゃん、ありがとね」
力なく微笑みかけられて、由紀は早まらないでよかったと胸を撫で下ろす。
とりあえず美奈に笑みを返し、御幸と先生を見る。
「せんせーい? 頭は大丈夫ですか?」
「……あれ、御幸、俺今まで何してたんだっけ?」
「何って、みんなで大貧民してたじゃないですか」
「そうだっけか? ……思い出せん」
「……それ、本当ですか?」
「な、なにを言う。本当に記憶がぽっかり空いて……」
「金を払うのが嫌だから、とぼけてるんじゃないですか?」
「そ、そんなわけないだろ」
「本当ですか? 十回以上は負けてましたからね」
「ち、違うぞ! 八回だけだ!」
その反応に、一同の動きが停止した。
沈黙が場を支配し、秒針の音が響き、しばらくしてから、
「………………あ」
水原の一言で、再び全てが動きだす。
「……先生」
「ち、違う! 急に思い出したんだ! 決して誤魔化そうなんて思ってない!」
「……」
「う……な、何だよその疑いの目は! お前ら成績下げるぞ! 保護者の方呼び付けちまうぞ!?」
「……それ、職権濫用ですよ」
「ぐっ……」
「そんなことより、ちゃんと負けた分払ってください」
「……先生この前、車買ったばっかりだから貧乏なんだよぉ」
「知りませんよ、そんなの。自業自得です」
「ううっ、最近の子供は怖い。これは教師虐待だ……」
そう言ってまた自分の世界に入ろうとする水原。
「ちょっと待ってください先生。二度ネタはダメです! さっさと金払えっ!」
「そんなこと言われても金ないし……」
「野球部辺りから部費盗んでくれば問題解決ですよ。少しぐらいならバレませんって」
「……んな事できるかっての。なら自分達で盗れよ」
「ムリです。ばれたら大事ですから」
「あのなぁ……」
「あ、そうだ!」
今まで黙って聞いていた美奈が、突然声を上げた。
何事かと注目する一同に笑顔を向け、
「先生、顧問になってください!」
「…………は?」
こいつはいきなり何を言い出すんだ、みたいな目を美奈に向ける水原。
「今年は部費争奪戦があるんですよね? だから私たちで部活を作ってそれに出ればいいんですよ!」
「なっ……」
「部の認定条件は顧問がいることだから、先生お願いします!」
「いや、部員は最低五人いなくちゃ……」
「大丈夫です! 私たち三人と、拓巳くんと冬月さんで五人ピッタリです」
楽しそうに計画を語る美奈に、御幸が横から口をだした。
「おいおい、勝たなくちゃなんだぞ?」
「それ位大丈夫だよ、きっと!」
「それ位って……」
「由紀ちゃんもそう思うよね?」
「勿論だとも!」
「さあ、先生。どうですか?」
美奈の言葉にしばし考える水原。やがて顔を上げると、
「……わかったよ。好きにしろ」
「さすが先生、話がわかる!」
「……で、何の部活にするんだ?」
「実はもう決まってます。それは……」
一拍あけて、
「帰宅部です! 活動内容は『帰宅』で」
「……わかった。期待しないで待ってろ」
「あ、作れなかったら車売ってでもお金払ってくださいね」
「……ガンバリマス」
…………。
…………。
その後、水原はその日の内に本当に学校側に承認させ、こうして前代未聞の『部費をもらう帰宅部』なるものが誕生した。
そして翌日、帰宅部の新設、さらにそれに強引に入部させられたことを知った拓巳と凛は、ただただ呆然としていた。
これでまた、逃げなくちゃいけない場面が増えるんだろうな、と考えながら……。
……fin?