華麗なる逃亡日記 〜逃げちゃダメだ!〜-5
私が閉めだされてから、結構経った。さっきから、教室のなかで何が起こってるんだろう?
たぶん拓巳くんのだと思う悲鳴も、さっきからずっと聞こえてるし。……拓巳くん、大丈夫かな……?
そんなことを考えていたら、また大きな悲鳴が聞こえてきた。
『ま、マジで、マジで目醒め……ひゃあああああ!』
……大丈夫、でもないのかな?
それにしても穂沢さんと拓巳くん、仲いいなぁ……。
……やっぱり拓巳くんは、穂沢さんが好きなのかな? 穂沢さん可愛いし、私より背が低いのに胸だってずっと……。
ふと、自分のを確認してみた。標準的より少し小さいそれは、穂沢さんとは比べるまでもない。
「はぁ……」
なんだか、考えること全部が悪い方にいっちゃう。
そんなことを考えていたら、拓巳くんの悲鳴が止んで、穂沢さんが顔を出した。
「冬月さーん、もういいよ」
「え、あ……」
なんだかやけに朗らかな気が。私の気のせいかな……?
とにかく教室のなかに入ってみたら、
「あ、あれ? 拓巳くんは……?」
穂沢さんと同じく、なぜか妙にスッキリした表情の二人がいるだけだった。
「ああ、鈴村ならあそこだ」
そう言って樫元さんが指差したほう、教室の真ん中で、変わり果てた拓巳くんが倒れていた。
「……あの、あんな風にほっといても大丈夫なんですか?」
「いいのいいの。刺激があればすぐに立ち直るだろうから。そうだね、例えば……」
そこで言葉を切った御幸くんに、穂沢さんが続ける。
「拓巳くんが、攻められ続けたせいで他人に言えない趣味に目醒めちゃったー!」
「って、違うよ! あと一歩のところでギリギリ持ち堪えたから! ……うぁ」
叫ぶだけ叫んで、また電池が切れたように倒れる拓巳くん。
「……」
「あれだけツッコめる元気があるなら平気だろう」
「うーん、それにしてもさすが鈴くん。疲れててもツッコミは欠かさないんだね」
「そうそう。拓巳くんは昔から……」
「へぇー。あ、そう言えばあの時も……」
「それだったらあのことも……」
拓巳くんのツッコミをネタに盛り上がり始めた三人。ちょっと付いていけないから、話に加わらないでそっと話題の渦中の人物の様子を確認してみる。
「……拓巳くん、大丈夫?」
「うぅ……どうせ、どうせ僕はツッコミで変な趣味もっててダメ人間で……。僕なんか、僕なんか……!」
……幼児退行しちゃってるみたい。なんだか、疲れ切った表情と所々汚れた制服が相まって、すっごくボロボロに見える。
やっぱり放っとけないよ、これは!
「拓巳くん……」
「……いいんだ、どうせ変態でツッコミ野郎さ……いや、僕は変態じゃない……でも変な趣味が……」
……かなりの重傷。でも、壊れてれば壊れてるほど治し甲斐があるし、拓巳くんのためだもんね! うん、頑張ろう!
「拓巳くん、元気出そうよ。ね?」
「うう……」
「えと、私は変な趣味をもってるとは思わないよ。拓巳くんはそんな人じゃないもん」
「凛ちゃん……」
「きっと、みんなも冗談で言っただけで本気じゃないよ」
「……そうかな? あいつらに常識は通用しないし……。慣れたけどね。はは」
「……苦労してるみたいだね」
「まあ、ね」
よかった、ちょっと雰囲気が重いけど、一応は元気になってくれたみたい。
「……」
「……」
でも、もう話が続かない。こんなときに限って話題が何にも浮かんでこない。
教室を見回していると、穂沢さんたちが先生を殺……じゃなくて起こそうとしていた。なんだかバットとか持ってるけど、それも起こすため、だよね?
「凛ちゃん?」
「え、あ、なに?」
急に名前を呼ばれて振り向いてみたら、なんだか暗い表情をしている拓巳くん。
「……ごめんね、またばか騒ぎに巻き込んじゃって」
「あ、ううん、別に全然気にしてないから大丈夫だよ」
「うん……。でも、ホントごめん」
「あ、いや、ほら、えっと……」
拓巳くんの本当にすまなそうな顔を見ていると、否定したい、気にしてないことを伝えたいのに、言葉が詰まって出てこない。
「いっつもいっつも、僕といると美奈たちが迷惑かけてばっかりだね。なのに一緒に帰ろうなんて……」
「拓巳くん、謝ってばっかりだよ? 私も一緒に帰りたいと思ったから、私も同罪。拓巳くんだけのせいじゃないよ」
「……凛ちゃん、ホント優しいね。そんなトコが大好きだよ」
さっきまでの空気を振り払うように、おどけた感じに言う拓巳くん。それが冗談だと分かってるから、私も冗談で返した。
「ふふふ、それはそれは。ありがと、すっごく光栄だよ」
……これが心からの本音だったら、もっと嬉しいんだけど。それは贅沢、かな?