華麗なる逃亡日記 〜逃げちゃダメだ!〜-3
……でもって、さらに十数分後。
「……先生、あの、俺もあがり――」
「分かってる……分かってるさ……。さあ、次だ……」
相も変わらずのこの状況。
しかし、僕らはもはや終了ムードだ。さっきから先生のやつれ方が半端じゃなく、余命僅かの病人のように生気がないからだ。
さすがに、それに鞭打つようなことをするやつは……。
「よ〜し、それじゃあ次も……!」
……いたし。
「おい美奈、ちょっと待てって」
「ん? 拓巳くんどうかしたの?」
「いや、どうかした、じゃないよ。いい加減やめないか?」
「なんで?」
可愛らしく首を傾げて尋ねる美奈。本気で分かってないのか?
「これ以上は先生がヤバいって。あれ、見てみなよ」
「……なんだか死にそうだね」
「そうだろ? だからもう……」
「うん、そだね」
お、分かってくれたみたい。さすが僕、ナイスな説得だ。
「だからもう、永遠の安らかな眠りにつかせてあげようか」
「違う違う! 怖いこと言わないでよ!」
「え、違うの?」
「殺しは普通にダメだって! なあ、御幸からもなんか言ってやってくれよ」
そう言って御幸の方を見た僕は、それを激しく後悔した。
「どうした鈴くん? 変な顔して」
いつの間にか金属バットやカッターや人も吊せそうな紐、それとなぜか黒板用の三角定規などを用意していた御幸が、平然とのたまった。
「変な顔もするって! なんだよ、この明らかに凶器になるような物は!?」
「沢山あるね〜」
「いや、だって殺っちゃうんだろ?」
「違うって! こんなの必要ないだろ!」
「大丈夫だって拓巳くん。見てよ、この三角定規の鋭角、頸動脈突き刺すぐらいならたぶんイケるよ?」
「うん、警戒もされないし、なにより凶器に見えないしな」
「ち〜が〜う〜!」
……もう、この二人ダメだ。
「おい鈴村、そう興奮するな」
ポン、と肩に手を置かれ振り返ると、由紀がめずらしくマトモな顔をしていた。
「由紀……」
「二人とも少しばかり現実が見えてないだけだ。まずは自分の頭を冷やさないと話にならないぞ?」
なんと、表情だけでなく言うことまで常識的で的確だ。
「とにかく、ここは私に任せろ」
「……そうする」
……なんだろう、胸が締め付けられて切なくなるような、この不思議な感覚は?
「なあ、二人とも」
……あ、もしかしてこれは。
「大事なことを忘れてるぞ」
……もしかしなくても、確実に。
「今ここで殺したりしたら、死体の処理が面倒だぞ?」
……アホが一人増えることが、とてつもなく悲しいんだ。
「……」
「あ、そっか。さすが由紀ちゃん!」
「うん、確かに樫元の言う通りだな。忠告ありがとう」
……ほら。なんて素敵に狂った会話なんだろうか……。いっそ壊れることができるならどんなに楽か……。
「あれ、拓巳くん、なんで泣いてるの?」
「……もう、こんなのいやだ……」
……て言うか、先生は何でおとなしく自分の殺害計画を聞いているんだろう?
僕は視線を先生の方に向けて様子を確認しようとしたが、二秒で面倒くさくなったのでやめた。
それに、わざわざ見なくても、ブツブツとつぶやく先生の声が聞こえてくる時点で、だいたいの予想はつく。おそらく精神が自己防衛のために崩壊を選んだのだろう。
それにしても先生、自分ばっかり……ズルイですよ……。ああ、僕も楽になって新世界を見たい……。
なんだか、いい感じに狂い始めた僕。この先目指すは宇宙からの電波受信だろうか。