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雨時々、黒い傘 =der erste Teil=
【コメディ その他小説】

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雨時々、黒い傘 =der erste Teil=-4

 部屋の中から窓越しに見る雨と、外で直に感じる雨とでは、どうしてこうも感じが違うんだろう。
 父さんの持っている大きな黒い傘の下、私は雨に濡れないように、なるべく父さんに寄り添いながら、四方八方で休む間もなくサァサァという音をかき鳴らし続けている雨を眺めていた。
「寒いか?」
 信号待ちの間、父さんが聞いてきた。
「…ううん、平気」
 私は目を瞑って、雨の音を聞いてみる。置いて行かれないように、右手は父さんの上着の裾を掴んでいた。
「もうすぐだ」
「…うん」
 信号が青になったらしい。父さんの動きを感じたので、目を開く。と、妙な事に気が付いた。
「…もうすぐ…って、ここ、商店街、だよね」
「ああ」
「…本当に、どこに行くの」
「ん…着いたぞ」
 到着した店の軒下で傘をたたむ。
「…ラーメン屋さん…」
「あ、ああ…たまにはいいだろうと…思ったんだが」
「…嫌じゃないけど…」
「そうか…まあ、とにかく、入ろう」
 ここは父さんの馴染みの店らしい。私は、少し呆気に取られつつも暖簾をくぐった。


「ラーメン」
「あいよ」
 店に入るなり、父さんが店の主人に注文する。席にも着いていないのに。
「妃依は何にする?」
「…父さんと同じでいい」
 この時間帯だからか客も私達しかいない。私は、父さんの隣のカウンター席に座った。
「解った、ラーメン、もう一つ」
「あいよ、おっ、その可愛らしいお嬢ちゃんは、啓祐さんの娘さんかい?」
 多分、父さんより若いであろう店主さんが、綺麗な動きで湯掻いた麺の湯を切りながら、聞いてきた。
「ああ、今年で14になる」
「へぇ、もうそんなになるのかあ」
「深雪が逝ってから、三年経つからな」
 深雪…宍戸深雪。私の、母さん。私が11歳の時に、病気で亡くなった。
「ホントに、年が経つのは早いねえ…へい、ラーメン2丁」
 私と父さんの前に湯気の上がったどんぶりが置かれる。醤油の香ばしい匂いが食欲をそそった。
「…頂きます」
「娘さん、アレだね、深雪さんに似てきたんじゃないかい?」
 店主さんは、母さんの事を知っているらしい。私は、少し気になったので顔を上げた。
「ああ、そうだな」
「雰囲気なんて、生き写しだよ」
「…雰囲気、ですか」
「ほら、その聞き方とか、そっくりだ」
「…はぁ…」
 母さんの姿を思い出してみる。とても綺麗な人だった。でも、だからこそ、儚かったのかもしれない。
 だから、そんな母さんに似ていると言われ、私は少し嬉しく感じた。


「…ご馳走様でした」
 スープまで飲み、私は箸を置いた。
「へい、お粗末さま…いやぁ、しっかし、いいねえ、啓祐さんはこんな可愛い娘さんがいて」
「ああ、俺には、勿体無い」
「…」
 なんだか、恥ずかしい。
「じゃあ、帰るか、妃依」
「…うん」
 父さんが、千円札を一枚、カウンターに置いて立ち上がったので、私も恐る恐る立ち上がる。このお店のカウンター席は、少し、高い。決して、私が小さい訳ではない。
「ありがとやんしたーっ!!」
 店から出る私達に、一際威勢の良い声が掛けられた。
 雨は、上がっていた。


 夢…を見ていたのだろうか。
 昔の夢。昔と言っても、ほんの数ヶ月前の事。でも、もう過ぎてしまった昔。
 父さんが亡くなってから、父さんの夢を見たのは初めてだった。
 大丈夫だよ、父さん。忘れたりは…しないから。


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