悪魔とオタクと冷静男-1
キーンコーンカーンコーン
学校中に無気力げなチャイムが鳴り響き、今週最後の授業が終了した。その途端、教室を満たしていたやる気の無さそうな空気が霧散して消える。
そんな中で、僕は鞄を掴むと、さっさと教室を出ていく。
「ぉ〜い。いっちー、いっちー!まぃふれ〜んど!」
ちょうどその時、後ろで誰かが僕の名前を呼んだような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
だから、その声がどこかで聞いた…と言うよりも、かなり聞き慣れた声なのも気のせいだろう…きっと。
「一年六組二十番、栗花落(つゆき)幸一郎!待ってよ〜!」
これは気のせい…じゃない…。呼ばれてるのは確かに僕だ。ついでに、このアホな声の主も知っている。
「……」
無言のまま振り返ると、そこには予想どおりの人物が。
小柄で活発そうな少女が、クラスのやつら曰く『守ってあげたくなるような笑顔』とやらを浮かべている。
…僕には頭のネジが弛んでいるようにしか見えないが。
「あっ!まぃべすとふれ〜んど!」
するとこちらに気付いて、飛び付こうとしてきたので、反射的に避けてしまった。
「ほにゃっ!?」
勢い余って奇妙な声と共に、見事なヘッドスライディングを決めるアホ。廊下を数メートル滑って止まる。
その背中を見下ろしながら呆れ半分で声をかける。
「…僕に話し掛けるな近づくな。それといっちーって呼ぶな」
「……」
「……」
「うぉぉー、ふっかあぁぁつ!地獄の底から甦ったぜ!貴様を倒すためになぁ!」
「……」
…理解不能。いつもこんな感じだからすでに慣れたけど。
「ふぅ…」
それでもため息が出るのはなぜだろう…?
「あっ!ねぇ、今いっちー私のこと心配してくれた!?してくれたよね?ねぇってば!」
「黙れアホ。激しく肩を揺するな。てゆーか僕に触れるな。心配なんかしていない」
「うっそだぁ〜。照れちゃってこのぉ」
物凄く殴りたい。だがこいつも一応、こんなのでも女なわけで、殴るのはマズイ。本当に一応だが。
こいつを守ってやりたいなんて、どこのバカだろうか…
「…なんの用だ?」
さっさと会話を切り上げて、一刻も早くこの場から離れたることにした。無理なのはわかってるけど。
「うおっ!?いきなり単刀直入、ど真ん中ストレートすか?もっとこう、余裕を持って会話のキャッチボールを楽しもうよ〜。ね?」
「余計なお世話だオタク。用が無いならさっさと…」
「ウェィト。俺の名前を言ってみろ…」
「は…?」
「だぁかぁら、俺の名前を言ってみろ…だってば!」
きっとまた漫画でも読んで気に入った台詞なのだろう。だが付き合わされるこっちは面倒この上ない。
「何で僕が…」
「いいから!名前言ってみて!」
こうなったらこのアホは止まらない。僕は諦めて名前を呼ぶ。
「大宅つばさ。これでいいか…?」
「そうなのです!私の名字は『おおたく』!決して東京23区ではないですが、オタクでもないのです!」
拳をグッと握り、気合いの入った声で演説するつばさ。
だからどうした?と思ったが、聞いても話が長引くだけで終わるだろう。
「…十分すぎるほどオタクじゃないか」
「どこが!どっからどう見ても可憐な乙女じゃん!」
「可憐な乙女は、自分の名前を言わせるのに変な漫画の台詞なんて使わない」
「変じゃない!胸に七つの傷がある男の戦いの記録だもん!」
聞いたかぎりでは可憐な乙女が読むものでは無い気がする。
しかも、いつのまにか話が横道に逸れてるし…。
「で…何の用だ?」
「あっ、そうそう。忘れるところだった。いっちーのせいで話がずれちゃったから。いっちーは昔から…」
「…用がないならもう帰らせてくれ」
こいつの行動は今だに理解できない部分が多い。別にしたくもないけど。
「あーもう!人の話はちゃんと最後まで聞きなさいよ!」
「最後まで聞いてほしいなら簡潔に話せばいいだろ」
「例えば?」
「用件だけ話す。無駄話はしない」
「なにそれ!?」
「そんなに驚くような事か?簡単だろ」
「むり無理ムリ!そんなことできるわけないじゃん!」
「……」
「いっちーは社交性を放棄してるからいいかもしれないけどさ。私は絶対に無理!」
「……」
「そう言えば自己紹介のときも名前しか言わないよね」
「……」
ようやく僕は、こいつに簡潔さを求めること自体が間違いだと気が付いた。
「普通はさぁ、一言付け加えたり…」
「本題は?」
「へ…?」
…このバカ、何しに来たんだ…。
「何のために僕を呼び止めたんだよ」
「あ、そうそう。今日は部活の集会だよ」
「僕は帰宅部だから関係ない」