悪魔とオタクと冷静男-8
…時は夕暮れ、闇に飲まれる前の町は、全てが夕日によって朱く染められている。
ビルも車も、道行く人々も。
もちろん僕も例外ではない。いや、顔が赤いのはそれだけが理由じゃないけれど。
何気ない風を装いながら、横目で赤面する理由を見る。
そこには僕と帰れるのが嬉しいのか(自意識過剰か?)屈託のない笑顔で喋っているつばさが。
もしその表情をさせている原因が自分だと考えると、誇らしいと同時に、とてつもなく恥ずかしくなる。
「いっちー、どうかしたの?」
「な、何でもない」
「う〜ん、今日のいっちーなんか変だよ」
「そう…かもな」
どうやら見入ってしまったようだ。
それにしても、見る側の気持ち次第で景色が違って見えるとは本当だったのか。
今ではクラスのやつらの言っていたことも分かる気がする。たしかに守ってやりたくなる…
はっ!なんかどんどん堕ちていってるよ…冷静になれ僕…相手はアホでガキでうっとおしいつばさだ。こんなやつに興味はない…興味はない…
…よし。これでもうだいじょ…
「いっちー、本当に大丈夫?無理とかしてない…?」
ぐはっ!上目遣いで見たり、優しげに心配しないでくれ…立て直した理性が粉々になって吹き飛びそうだ…
くっ、落ち着くんだ僕!頭を冷やせ〜!相手はアホでガキで(以下略)
「…別に…いつもと同じだ…」
…………ふう、なんとか乗り切ったな。
「お前に心配されるほど無理はしてない」
「むっ、ひどい!いつものいっちーだ」
「だから何ともないって言っただろ」
よし、いい感じ。自分で自分を誉めてやりたいぐらいだ。
…今日一日でかなり暴走した気がする。一週間も保たないな…
「ねえ、いっちー」
「…いっちーって呼ぶのやめてくれ」
「えー!なんで?」
「……」
恥ずかしいから、なんて言えないな…さてどうしたもんかな…
「いい呼び方だと思うんだけどなー」
「…とにかく、これからはやめてくれ」
「じゃあなんて呼べばいいの?こ、幸一郎ちゃん、とか?」
恥じらいながら言われるとこう、抱き締めたく…ぐっ、ごほっごほっ!!
なんだ今の思考は!?僕のじゃないはず…ついに宇宙からの毒電波受信か!?
このままじゃあ僕の中の変人ランク暫定トップが自分自身になってしまいそうだ…なんか泣けてきた…
ふぅ…気を取り直してっと。
「…普通に名字で呼べばいいだろ」
「えっとつ、つゆ、栗花落くん?」
かなり言いにくそうだな。こんな短い単語でか?
これだと呼ばれるこっちも嫌だな。
「…すまん、僕が悪かった。いっちーのままでいい」
「もう!なら最初から言わないでよ」
「だからちゃんと謝っただろ」
「いっちーは謝り方が冷たすぎ!謝ってる感じしないもん」
「仕方ないだろ。性格なんだ」
「う〜。その性格私が直してあげたと思ったのに」
「…いきなり自分の家に連れ込んで、延々とアニメのビデオを見せ続けてか?」
「え?」
「初めて会ったときの話だよ。君暗いよー!とか言ってさ」
「あ…そんな事もあったような…」
「僕ははっきりと憶えてる。昼ぐらいから夕方までノンストップだったな」
正直、何でそんな事をされたかは分からない。休日に一人で遊んでいたら、いきなり強制連行され、その後は今言った通り。
…なんか、嫌な出会い方だな…まあ、つばさの性格なら納得できるけど。
「だって本当に暗かったんだもん」
「だからっていきなりアニメはないだろ」
「いいじゃん!結構楽しんでたくせに〜」
「そんな記憶はない。勘違いだろ」
「いっちー本当に冷たいね!ちょっとは『そうだったね』とか優しい言葉かけてよ!」
「優しくしたらしたで変だとか似合わないとか言うくせに」
「だって似合わないじゃん!いっちーはいつも疲れててやる気ゼロなオーラを放ってなきゃだめなの!」
……何でだよ。確かにやる気無いかもしれないけど、なんか無性に腹が立つ。
「なら、このままでいいじゃないか」
「むぅ〜〜」
「……何で僕の周りをぐるぐると回る?」
「いっちーを観察中。どうやったらそんなに冷たくなれるのかーって。なははは」
いつも通りのアホな笑顔を浮かべながら言う。
「アホ……」
「……」
不意に二人の間に沈黙が下りる。しかし不快ではない静けさ。
……落ち着いてみれば、やっぱりつばさはつばさだな。バカ全開だし。