悪魔とオタクと冷静男-6
「あれ?いっちー、どうしたの?」
「な、何でもない」
「本当に?なんか顔赤いよ」
「…気のせいだ」
「そうかなぁ?」
「絶対、確実に間違いなく反論の余地がないほど気のせいだ」
「う、うん」
ふぅ、落ち着け僕。相手はつばさだ。いつも通りに…
「あら、幸一郎さんに大宅さん」
「あ、遠矢さんも鞄取りに行くの?」
「いえ、わたくしは幸一郎さんと親睦を深めようかと…」
「ふーん。なら遠矢さんも一緒に帰る?」
「あら、よろしいんですか?」
「うん。いいよね、いっちー?」
「ああ…」
これは僕としても都合のいい提案だ。今つばさと二人きりになるのは辛すぎる。
「じゃあ、すぐ取ってくるね」
そう言って教室に行くつばさと別れて、僕と桜子は先に玄関に向かう。
「……」
「……」
沈黙のなか、すぐ隣からやけに視線を感じる。しかも、なぜか笑ってるし。
「…なぁ、遠矢」
「はい、なんでしょうか幸一郎さん?」
「笑いながらこっちを見るの、やめてくれないか」
「わたくしはもっと幸一郎さんのお顔を見ていたいのですが…」
「…何でだよ」
「美しいものを愛でるのは、全ての人に共通する心ですのよ」
「…へぇ」
「その凛々しいお顔、監禁して眺めていたいほど美しいですわ」
「……」
なぜか美しい、と言われてもまったく嬉しくない。やっぱり文学部は濃いな…
「本当は大宅さんといる時の表情の方が素敵なんですけどね」
「なっ…!!」
予想外の一言。きっと僕の顔は今、真っ赤になっているだろう。
「うふふ、真っ赤になられて。どうかいたしましたか?」
…もうダメかもしれない…色々と。気が振れてしまいそうだ…
そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、桜子は清楚な笑顔を浮かべながら、顔を寄せてくると、耳元で囁く。
「『うん。でも、ありがとだよ』」
「……」
…ちょっと待て。
「夕日に染まる放課後の廊下、ゆっくりと流れる二人だけの時」
「…………」
…何でこんなに。
「そこで知る、活発な幼なじみの女の子らしい意外な一面」
「………………」
…詳しく説明してくるんだ!?
「その変化に触れ、戸惑いながらも気付いた相手への淡い――」
これ以上聞き続けたらまずい。精神が崩壊寸前だ…
「…てくれ…」
「…あら、どうかいたしましたか?」
「後生だから…やめてくれ…」
「少年少女の青春の一ページ、お気に召しませんでしたか?」
「……」
「わたくし、こうゆう陳腐な青春物語、好きなんですけどねぇ」
「…陳腐で、悪かったな…」
「いえ、これは幸一郎さんのことじゃ…」
一度区切る桜子。
「まぁ。まさか幸一郎さん、経験がおありなんですか?」
「……」
わざとらしい…
「お相手は大宅さんですか?」
その時、僕の心の中で何か、人としてすごく大切な何かが音を立て切れた気がする。それはもうブツッと見事に。
「はは…」
「はい?」
「ああそうだよ!」
「…幸一郎さん?」
「確かに二人だけの時間過ごしてたさ!」
「あのー…」
「その時に確かに可愛いと思ったよ!しかも『なんか意外だな』とか思いながら!」
「……」
「そりゃーもう見事に陳腐な青春の一ページを演じてたよ!それの何が悪い!」
「幸一郎さん!」
ドカッ、バキッ。
「ぐあっ!?」
「ある意味清々しいほどの壊れっぷりですけど、あまり大声を出さないでくださいね」
清楚な笑顔のままだが、実に奇妙な迫力がある。
それに、あの蹴りとパンチは女の力じゃない…
「悪…かった…」
「分かってくださればいいんですわ。さあ行きましょう」
促されて再び歩きだす。僕は一体何をやってるんだろうか…ひどく疲れた…
幸い、周りに人影は無し。もし聞かれでもしたら、明日から登校拒否になっていたかもしれない。
そんな事を考えていると、桜子に呼び掛けられた。
「幸一郎さん?」
「何だ…?」
只今、不機嫌度五割り増し中。
「…そんなに怒らなくても」
「怒ってない」
「すごく怒ってるじゃないですか」
「うるさい」
「ちょっとは落ち着いて――」
「黙れ」
「……ああ、なぜかわたくし、急に口が軽くなってしまいそうな予感がしますわ」
「そうか。それはよかったな」
「特に大宅さんと話すとき、誰かの青春物語をポロっと言ってしまいそうな気が…」
「な!?」
意地の悪い笑みを浮かべる桜子。
「ふふふっ…」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
どうやら、勝ち目はなさそうだ。