予想外の贈り物-3
しばらく黙ったまま真っ直ぐオレを見つめていたが、うつむくとソファから降りこちらに背を向けた。
「鈴木…?」
「…シャワー、浴びてきます」
「あ、あぁ…」
今まで聞いたことのない感情を押し殺したような冷たい響きに、そう言う以外言葉が見つからなかった。バスルームへと消えていく後ろ姿がなんだかひどく傷ついているように見えて、もう一度声をかけたが反応はない。ドアが締まる音とシャワーの音が聞こえ始めたが、いくら経っても人が動く気配を感じられない。心配になってバスルームのドアの前に立つ。
「鈴木?」
…返答はない。くもりガラス越し、うずくまっている鈴木の姿が見える。
「大丈夫か?具合悪いのか?」
いくらシャワーの最中でも聞こえてないことはないと思う。
「なぁ、鈴木。大丈夫か?開けるぞ?」
少し待っても返答がなかったので、思い切って開けて中に入ったら顔面めがけて勢い良くシャワーをかけられた。
「うわっ!!」
「スケベ!変態!チカン!サイテー!」
罵倒しながらお湯をこちらにかけ続ける鈴木からのシャワー攻撃をなんとかかわしてよく見ると、泣きはらしたような目をしていた。
「鈴木…」
「ヤだ!来ないで!触らないで!バカっ!イヤ!!」
「悪かった。オレが悪かったから」
半狂乱になっている鈴木を抱きしめる。しばらくは腕の中でも暴れて顔に似合わない暴言を吐き続けていたが、なだめるように背中を撫で続けているうちにいつしか言葉にならなくなり、すすり泣きに変わる。
「ごめん…泣くなよ…ほら、出よう。な?風邪ひくから」
こくん、と頷く身体はすでに震えている。鈴木が使っていたバスタオルで身体を拭いてやり、バスローブのようなものを肩からかけてそのまま抱き上げてベッドまで運ぶ。ベッドに横たわらせ、自分も隣に横になって布団をかける。
「寒くないか?」
「…寒い」
ふてくされたようにぽつり、と答える。
「おいで。ひっついてるほうがあったかいだろ?」
腕を伸ばすと一瞬身体を硬直させたが、声をかけるとおとなしく近づいてきて腕枕の体勢になったので、そのままそっと抱きしめた。顔はみられたくないのか、額を胸にくっつけた。頭を撫でる。怒られるかもしれないが、実家で飼っていたネコを思い出した。かまってほしいと攻撃してきた時にかまってやらないと、すぐにふてくされて姿を消してしまう。戻ってきた時は拗ねたような態度なのに、抱っこしてやるとみぃ、と甘えて鳴く白いネコ。どうでもいいことを思い出して酔いが覚めてきたのか、少しずつ昨夜の記憶がはっきりと蘇ってくる。居酒屋での会話。ココに来るまで繋いだ手のぬくもり。エレベータの中で交わしたキス。バスルームでの行為。一緒に見たアダルト放送の女優のあえぎ声。照れ隠しにはしゃぐ姿、電マで乱れる姿。失神したあと、眠りに落ちるまでに感じていた幸福感。
「セフレじゃなくて、彼氏じゃダメか?」
昨夜、鈴木が言ってくれた言葉を思い出して、逆に質問してみる。
「え…?今、なんて?」
「昨夜、鈴木はオレとならセフレでも構わない、って言ってくれただろ?セフレでも、ってことは彼氏でもいいってことなのかな?って」
うぬぼれるな、と怒られるかもしれないが思い切って尋ねてみた。
「…彼氏がいい…でも、鈴木主任にプライベートでも鈴木って呼ばれるのはヤダ…」
ぐしゅん、と鼻をならして、もごもご言う。
「でも職場でみんなみたいにチカちゃんって呼ぶのは勘弁な」
「どうして?キャラじゃないから?」
「オレはどーゆーキャラだよ。みんなと一緒じゃイヤなの。オレだけ特別がいい。だからずっと鈴木、って呼んでたんだけど気づかなかった?」
じっとオレを見上げるオデコを指でちょんとはじくと不満そうな顔をした。
「確かに主任だけが鈴木でしたけど、それって愛情表現だったんですか?」
「あぁ」
ウソ。本当は照れ臭くて呼べなかったんだけど。でも気づいてないだろうな、実は異動してくる前からずっと知ってたし、ずっと好きだったこと。
「わかりづらい、っていうかわかりませんよ、フツー。私、ずっと鈴木主任に嫌われてるんだと思ってましたもん」
ぷくーっと頬を膨らませる。
「なんで?」
「だって必要最低限しか会話してくれないし、主任だけ鈴木って呼ぶし。ただでさえ少人数の職場で鈴木が3人いてややこしいのに、私で4人目だからさらに紛らわしくて邪魔とか思われてるのかなって」
そう。うちの職場は10人しかいない。所長もオレも鈴木。もう一人後輩で鈴木がいて紛らわしいことこの上ない。で、異動してきたのが唯一の女性社員の彼女、鈴木だったのだ。
「あぁ、確かに紛らわしいよな。あの所長、営業所全員鈴木化計画もくろんでるぞ」
「あ、それ支店にいた時からウワサで聞いたことあります。だから異動させられたんじゃないかって支店の先輩に言われました」
「鈴木は異動になってイヤだった?」
「異動してこなきゃ、こういう状況にならなかったと思うから、ちょっと感謝してます。でも…」
「でも?」
「プライベートっていうか、せめてこういう時くらい…」
「ん?」
何を言いたいのかはなんとなくわかっているけれど。鈴木の瞳が期待を物語っているけれど。
「名前で呼んで欲しいです。みんなと違う呼び方でいいから…」
オレの腕に細い腕をからませ、身体を密着させる。鈴木の耳元でそっと囁くと、顔が真っ赤になっていく。