夜明けのシンデレラ(♂)-3
「トイレ…行こ」
バイクのエンジン音が聞こえなくなるのを確認してから、私は、そろりと布団から抜け出した。
12月の、冷えた空気に身が縮まる。
昨夜は、夕飯の後片付けをしている最中、まずは智哉に火がついた。
洗い物をしている私を触っていじって、撫で回す。
そんなことされたら、口では「ダメよ、後で」なんて言いながらも、私だって、会えない日曜日を挟んでいろいろ溜まってる…いやいや、寂しさが募っているわけで。
辛うじて、泡だらけの両手をゆすいだ直後、キッチンで『愛のファイティングゲーム』開始のゴングが鳴った顛末。
おまけに、場所を寝室に移しての第2戦&3戦ともつれ込み…その後、私の記憶は――ない。
「…あ、続きの洗い物やってくれたんだ…」
トイレからの帰り道、水を飲みにキッチンに立ち寄れば、途中の洗い物で散乱しているはずのそこは、きれいに片付けられていた。
優しい、智哉。
…初めて出逢った時から、あなたはそうだったよね。
――あの日。
「ひどい男ですね〜」
徐々に陽が高くなり、暖かさを増す公園のベンチに座って、智哉はのんびりと呟く。
「やっぱり?私、間違ってないよねっ!?」
たぶん、化粧はドロドロに落ちたはずの妖怪じみた顔をしながら、私は、見ず知らずの年下くんに愚痴を吐きまくっていた。
…いや、愚痴だけでなく、昨夕から未明に掛けて体内に納めた様々な『モノ』も吐き出してしまったんですけれど…。
ベンチで倒れている私を見つけて、死んでいるんじゃないかと声を掛けてくれた彼は、「大丈夫」と笑いながら吐くという暴挙に出た私を、そのまま見捨てずに介抱してくれていた。
(優しい子だ…)
彼が買ってきてくれたペットボトルのお茶の温かさと共に、その優しさが、やさぐれてボロボロの私の心に沁みてくる。
(なんか、のんびり…というか、日溜まりみたいな空気の子)
隣に座り、真っ青に澄んだ秋空を見上げている彼は、『後藤 智哉』…と名乗った。
歳は、私より3つ下の26歳だという。
…たぶん、贔屓目なしに見てもキレイな顔をした子だと思う。
でも、イケメンくんにありがちな自意識過剰っていうか、ドヤ顔的な雰囲気は全くなくて、むしろ、縁側でひなたぼっこしてるおじいちゃんっぽい。
そんな彼に「何かあったんですか?」なんて、心配顔で聞かれたら…。
私、洗いざらい全部喋っちゃった。
彼氏とのこと。
こんな、赤の他人の別れ話なんて面白くもなんともないだろうし、私だって、こんなくだらなくって情けない結末を迎えた失恋のことなんて、まさか自ら人に話すとは思ってもみなかったんだけど…。
智哉には、一人きりで頑張って頑張って我慢してきたこと、聞いてほしいと思えてしまったんだ。