夜明けのシンデレラ(♂)-15
「…いないよ、オトコなんて。私は悩みなき自由人だからね〜」
…昨夜は、眠れなかった。
ただ、ひたすら『なぜ?』と『どうしたの?』が、頭の中に渦巻いていた。
「ん〜、ならいいんだけど…。こんな時だから言うけど、姉ちゃんって自分のことあんまりしゃべらねぇじゃん。俺だって、一応それなりに心配してるんだぜ」
…ありがとう、央太。
でも、言えないの。
私の好きな人、奥さんがいるの…。
「――まぁ、姉ちゃんも三十路に突入したんだし、ぼちぼち…ほら、そこのロビーにいるイケメンみたいな彼氏、つかまえなよ」
曖昧な笑顔を張り付けたままの私に気を遣ったのか、央太はやけに明るい声で、吹き抜け状でよく見える階下のロビーを指さした。
(――え………)
つられて視線を下へと落とせば、その先に、見慣れた愛しい人の横顔。
「…智…哉?」
見つめられてる気配を感じたのか、智哉が振り向いて私を見つけた。
「――桜子さん!」
(な、なんでここに!?)
驚き声も出ないまま、椅子から跳びあがるようにして立ち上がった。
その私に向かって真っ直ぐに、智哉がロビーから伸びる中央階段を駆け上がってくる。
…なぜ帰ってしまったのとか、どうしてここにいるのとか、聞きたいことはたくさんあるけど、何よりもあなたに問いたいことが…ある。
今日は、日曜日。
――智哉、奥さんは…?
「智哉…」
ベージュのダウンジャケットに細身のジーンズ。
たぶん、バイクで来たのだろう。
ヘルメットのせいで、少し癖のある髪がぐしゃぐしゃになってる。
「…桜子さん」
息を切らせて目の前に立つその人は、黒縁ダテメガネの奥から真っ直ぐに私を見つめていて。
…不意に、涙が零れそうになった。
いつも、智哉に会えるのは決まった曜日と時間でしかなく、それさえも人目を避けた密会。
そうしなければ続けていけない関係だとわかっていたけど、やっぱり私、淋しかった。
――だから。
『予定外に、予想外な場所で智哉に会えた』
この現実が何の偶然であったとしても、こんなにも胸が高鳴る。
あぁ、やっぱり私、どうしようもなくこの人のことが――好きなんだ。