非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-72
『さあッ!! 堕ち終て見せてくださいよ!! 弟様ァッ!!』
「…だから…まず、ヘクセンさんが落ち着いてくださいと言ってるんですけど…聞いてませんね」
『マスター!! 発射命令をどうぞ!! 弟様に引導を渡してやりましょう!!』
「…何をしようとしてるのかは知りませんけど…速やかに、発射中止してください」
冷静に諌めた妃依は、目的の為ならば手段を選ぼうとしないヘクセンの行動パターンに慣れつつある自分に、少々自己嫌悪を憶えていた。
『駄目だ…思い出せん…』
聡は聡で、自身が復活した事よりも、そちらの方が気懸かりな様だった。
『むむ…!! ここまでしておきながら、撃てないとは…!! 全く、どうやって落ち着かせろって言うんですか!?』
「…もう、いいです、先輩を連れて廊下に出ていてください…私も、上がって着替えますから」
風呂を上がった妃依に、入浴の爽快感は全く残っていなかった。
着替えに関しては、泊まる事に決めた時点で琴葉から渡されていた着替えを浴室に置いてあった妃依はともかく、着衣状態のまま洗われていた聡と、服を簡単に水洗いしただけのヘクセンは、風呂上りなのに濡れ鼠のままだった。
「そう言えば俺…どうしてこんな所に?」
ようやく現実に目を向けられるくらいに落ち着いた聡は、濡れたまま居間へと向かう訳にもいかず、脱衣所の真ん中で胡坐を掻いていた。
「…琴葉先輩に投棄されていたからです」
その聡に向かう形で正座していた妃依が、辛い現実をさらりと口にした。
「そうか…はは…やっぱり、姉さんには人の血なんて流れちゃいないんだな…」
「成る程!! どうりで!! 悪魔的な方だとは常々思ってましたが!! 人外だったんですね!! 琴葉様は!!」
再度、妃依にお願い(強制命令)され、脱衣所の拭き掃除を行なっているヘクセンが、聡の例えに食らい付いて来た。
「…琴葉先輩に聞かれたら、分解どころじゃ済みませんよ…きっと」
「ふぅ…それはそうと…ハラ減ったな…」
本人は死の縁から復活したばかりだと言うのに、聡の腹の虫にはそんな事は関係が無いようだった。
「…一応、夕食の準備はしてありますけど」
元々それで呼びに来たのだが、妃依はここまで厄介な事になるとは、まるで予想していなかった。
「今から夕食を食べに居間へと戻る気ですか!? それは止めておいた方が身のためと言うものですよ!? マスター!!」
バケツの上で雑巾を絞りながら、ヘクセンは無謀な事を言い出した主人を止めにかかった。
「…どうしてですか」
「何故かと問われれば!! それはですね!! 先程から、幼女さんが大変な目に遭っていると、ニンジンさんからのエマージェンシーコールが入っているからですよ!! 何となく関わり合いになりたくないので無視しちゃってますが!!」
「アブリスちゃんが…? で、その大変な目ってのは?」
しかしアブリスちゃんも可哀想な子だよな…と、まだ少しぼんやりしている頭で思いつつ、聡は問うた。
「添付映像を見るに、酔った彼女さんに襲われているみたいですね!! ああッ!! 恐ろしい…!!」
過去に、美咲同様、酔った悠樹に襲われた経験のあるヘクセンは、その時の凄惨な記録がメモリを過ぎり、身を震わせた。
「…ゆ、悠樹先輩…もう、来ていたんですか…」
「な、何故、悠樹が!? しかも、酔ってるだと!?」
「ともかく!! 今戻ったら彼女さんに襲われてしまうのは確実!! 下手をすれば、琴葉様にも襲われる可能性が!! そんなのはイヤ!! 少なくとも私は嫌ですよぉッ!?」
「…それは、私も嫌です」
「俺も…もう勘弁して欲しい」
三人とも、特にそれ以上語り合う事も無く、自然と『外へ食べに行く』という結論に辿り着いていた。