非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-71
『例えば!! 弟様が目が覚めたら、全裸のマスターが傍らで微笑んでいた!! …などというシチュエーションは如何ですか!? 二人の仲は急接近しそうじゃありませんか!?』
「…確かに迫られそうですけど…ただの変態じゃないですか…それ…」
『そこはホラ!! 弟様も概ね変態的ですし!! プラスマイナス0と言う事で!!』
「…プラスプラスで、二倍変態的になると思うんですけど…」
そこまで言って、ふと、妃依は気が付いた。
「…って…話が大幅に逸れてますね…何の話でしたっけ」
『針ですよ!! 私の英知の結晶である素敵な針!!』
『私の』と言うよりは『琴葉先輩の』だと思う、とつっ込みたい気持ちは山々だったが、それを言うと余計話が進まなくなると思い、妃依はグッと堪えた。
「…それで、その針が何なんですか」
『まずはこの針を筋肉に直接ブスッとやってしまいます!! 躊躇い無く適当な場所にブスリと!!』
すると、シルエットのヘクセンが屈みこむ様な動きを見せた。
「…え…もしかして、今、先輩に刺してるんですか…その針」
『ハイ!! とりあえず腹筋の左右からサクッと刺してますよ!! 念の為2cmくらい!!』
「…大丈夫なんですか…本当に」
『多分大丈夫ですよ!! あの状況から復活できた弟様ならば!! これ位では死んだりしません!!』
「…どういう理屈なんですか…」
『それでですね!! この針を電極として、微細な電流によって筋肉を収縮させてやると…!! ハッ!!』
妃依のツッコミを流したヘクセンは、無駄に気合を込めて、聡の腹筋に刺した針に電流を流した。
すると、聡の上半身と下半身が勢い良く折れ曲がり、その間で作業をしていたヘクセンは、頭突きと膝蹴りを同時にお見舞いされる事となった。
『グフォ…ッ!! お、おのれ弟様…!! よ、避け損なってしまいましたよ…ッ!!』
「…何やってるんですか…」
『いっ…て…ぇ…』
脱衣所側から聞こえてきた、ヘクセンではない人物の声。その声を発した人物のシルエットが、頭を押さえながら上体を起こした。
「…せ、先輩…気が付いたんですか…っ」
妃依は思わず浴室から飛び出してしまいそうになったが、己の姿を省みて、それは踏み止まった。
『多少の誤差はあったものの!! 概ね私の計算通りでしたね!! さあ、弟様!! 私に惜しみない感謝を!!』
『な…何だ…? 何がどうなってる…? 俺は死んだんじゃ…?』
「…先輩…良かった…」
無事(?)聡が意識を取り戻した事を確認した妃依は、心のつかえが取れた様に、深い安堵の溜息を吐いた。
『ま、茉莉さんは…?』
『ママツリサンワー…!? 何ですか、その怪しげな単語は!! それが弟様流の感謝の言葉とでも!?』
『どうやって逃げ切ったんだ…? 俺…』
『む、無視ですか!? 私、凄まじい勢いで無視されてますよ!? 助けて、マスター!!』
「…た、多分…目覚めたばかりで混乱しているのでは…」
『確か…川のほとりで…全裸になって…鬼と…? あれ…?』
『ま、マスターッ!! 弟様が変ですよ!? 変なのは前からですけど、それに輪を掛けて変ですよ!? やはり、心肺機能の停止が脳に重大な悪影響を!?』
「…うろたえないでください…私、そっちに行きたくても行けないんですから…とりあえず、ヘクセンさんが落ち着いてから、先輩を落ち着かせてあげてください」
『了解しました!! さあ、弟様!! 速やかに落ち着いていただきますよ!?』
『ちょっと黙れ…もう少しで思い出せそうな気が…』
『マスター権限により第二次リミッターを限定解除!! 冥府に堕ちろ!! ヘーレンクアール!!』
妃依が出した覚えも無い許可によって、リミッターを半ば自発的に解除したヘクセンは、諸手を頭の上で交差させると、全ての指から一斉にラドシュパイヘを放った。
「…う…気持ち悪…な、何してるんですか…ヘクセンさん…」
十指から細長いコードを伸ばしたヘクセンのシルエットは最早、化外のそれであった。
『ハァーッハッハッハッハ!! 全ラインビット!! オールレンジ展開、ロックオン!!』
己の力に酔いしれていたヘクセンは、妃依の言葉を完全に流し、難しい顔でうんうん唸りながら記憶を辿ろうとしていた聡の周囲にラドシュパイヘを計十基展開し、全ての先端を聡の方へと向けた。