非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-70
「ああぁ…ッ!! いくら私が多機能で高性能だとは言え…洗浄機能なんて付いていないんですよ…ッ!? 即ち、それは私にとって未知の分野…!! それを、マスター…!! あなたと言う人はァ…ッ!!」
命令が効いている為、声の大きさが平常時に比べ八割減となっていたが、身振り手振りも交えて、気持ちだけは十二割増しだった。
「…別に、そんな大層な機能なんて無くても…手さえあれば、洗う事くらい出来ると思うんですけど」
「ならば…!! マスターの肩の先に付いているソレは何ですか…ッ!? ただの飾りですか…!? 私を投げ飛ばせる程のパワーを秘めておきながら…弟様の一人や二人、洗う事も出来ないって言うんですか…ッ!? それが解らんとでも言うんですか…!? マスター…ッ!!」
「…ぅ…そ、それは…えっと…私、裸ですし…」
「何言ってるんですか…!! 私だって裸ですよ…!! 物の見事に素っ裸ですよ…ッ!! 自分の事だけ棚に上げないで頂きたいですね…ッ!!」
「…ヘクセンさん、着てるじゃないですか…『身体』…」
「はっはっは…!! 言いたい事はそれだけですか…!? マスター…!! 今すぐに、弟様の気を取り戻させる事だって、私には可能なんですよ…!?」
――暫時、シャワーの音だけが浴室を支配する。
「…できるんですか、そんな事…」
「実は、出来るんですよ…ッ!! そんな事が…ッ!!」
「…どうして、それをもっと早く言わないんですか…」
「そりゃあ、もう…!! 綺麗さっぱり忘れていたんですよ…!! いやあ、こればかりは仕方が無い…!! あっはっはっはっは…!!」
「…ヘクセンさん、今すぐに脱衣所へ先輩を連れて行って、気を取り戻させてあげてください」
「うわッ…!! ま、まってください…!! マスター…ッ!! ふ、服を…!! せめて服だけでも着させてェ…ッ!!」
「…じゃあ、着替えてから、お願いします」
「りょ、了解しましたよぅ…!! ああ、自由意志って何処に在るの…ッ!! 教えておじいさん…!!」
訳の解らない事を呟きながら、聡を引き摺って浴室から出るヘクセン。
それを黙って見送っていた妃依の心中は、無性にやるせない気持ちでいっぱいだった。
『気絶からの気付けと言えば、やはり衝撃(インパクト)!! そういう意味では私には数十の気付け機能が備わっていると言えなくも無いんですが!! 今回はその中でも私一押しの機能をご紹介しましょう!!』
脱衣所で着替えを完了したらしいヘクセンは、曇り硝子の扉越しに、求められてもいない説明を開始した。
「…そんな説明いりませんから…早く、先輩を何とかしてあげてください」
無駄に身振り手振りを交えながら語るヘクセンのシルエットを眺めながら、妃依は眉を顰めて言った。
『マスター!! それは私の説明を聞いてからでも遅くは無いですよ!! 慌てなくとも、気絶状態の弟様はどこかへ行ったりはしませんし!!』
常の如く、会話が平行線を辿っていた。
「…じゃあ、簡潔にお願いします」
折れる形で投げ遣りに呟いた妃依は、さっきまでの真面目な感じのヘクセンさんは何だったのだろうか、もしかして、ショックの余りに見た白昼夢だったのだろうか…と、自らの記憶を疑い始めていた。
『指先から取り出したるはコレ!! 一見ただの針ですが…!!』
「…よく見えません」
『何と!! この曇り硝子の扉が私とマスターを隔てているが故に、円滑な情報の伝達が妨げられている!? それはいけない!! 私の説明をよりクリアに伝える為にも、この扉は開け放ってしまいませんか!? マスター!!』
「…絶対に駄目です…先輩が起きた時、どうするんですか」
『小さい!! 小さいですね!! マスター!! 見た目もアレですが!! 懐も小さい!! そんな小事を気にしていては、弟様との進展の『し』の字もありえないってもんですよ!? マスター!!』
「…そ、そんな事…ヘクセンさんに言われる筋合いはありません…」