非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-57
「はぁ…」
「それでは…うーん…川の此方からの彼岸観光ツアーと言うのはどうでしょうか?」
いきなり何かを考え始めたかと思いきや、茉莉は急に顔を上げ、そんな事を言い放った。
「何の話なんですか…それは」
「ですから…聡さんが、まだ川を渡りたくないという事なので、今生の別れに思い出作りを…」
「今生の別れに彼岸を眺めてどうするんですか…」
「え? やはり…自分が行き着く先は、前もって確認しておいた方がよろしいのでは?」
「な、何があっても、俺を死なせたいんですね…茉莉さんは…」
「もう、野暮な事は言いっこなしですよ、折角、私が思いついたのですから」
質問に答える気はないらしい。
「では、早速、彼岸巡りツアーに出発しましょう!!」
おーっ、と、腕を突き上げ、一人で盛り上がる茉莉。
結局、聡は殆ど引っ張られる形で、そのツアーとやらに付き合わされるハメになってしまったのであった。
「えー、あちらに見えますのがー、賽の河原名物、石積みをする子供達でーす」
と、茉莉が、間延びしたアナウンスを交えて指差した彼岸には、聡がここで目覚めた時に見た、子供達の姿があった。
『賽の河原』という事は、あの子供達は遊んでいる訳ではなく、横に立っている赤い男性にしても、保護者などではないのだろう。確かによく見れば、どんよりとした暗い雰囲気が漂っている。
「さぁ、ここで、チャレンジターイム!!」
急に顔の前で手を合わせて、茉莉は、また妙な事を言い出した。
「チャレンジタイム? 何ですか、それ…」
「この場を盛り上げるために、私が思い付きで企画した、スペシャルイベントですよ」
思い付き企画のどこが、スペシャルたり得るのだろうか。確かに、茉莉さんの思考回路はある意味スペシャルだが。
「じゃあ、私がお手本を見せますから、続いてくださいね?」
茉莉さんは、基本的に説明を省く人らしい。おもむろに足元の石を一つ掴むと、茉莉さんは彼岸の子供達が積み上げている石の山に向かって、綺麗なウインドミル投法で、それをぶん投げた。
石は真っ直ぐな軌跡を描いて、子供の身長ほどまで積み上がった石山を貫いた。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる石の山。それを積み上げていた子供は、訳が解らず、ただ、泣きそうな顔で、たった今まで石山のあった空間を眺めていた。
「しゅーと、ひむ!! いえーす!! 百点、げっとですね!!」
訳の解らないことを叫びながら、ガッツポーズを取る茉莉さん。はっきり言って、喜んでいる理由が、俺には全く理解できない。
「ち、ちょっと、困るっすよ!! 茉莉さぁん!!」
子供達の傍に立っていた大柄な赤い男性――よく見れば、頭に角があるので、鬼なのだろう――が、川をバシャバシャとこちら側に渡り寄って来ながら、厳つい姿に似合わず、気弱そうな声で叫んだ。
「あ、吉祥さん。今の見ましたか? ど真ん中でしたよね?」
「頼むんで、俺の仕事を取らないで欲しいんすけど…」
賽の河原の鬼といえば、確か、子供が積み上げた石山を崩すという役目があったと思う。つまり、それが彼の言う『仕事』なのだろう。
「いいじゃないですか、あんなに沢山あるんですし」
「そういう問題じゃないっすよ!! 崩すタイミングというモノがあるんすから、そんな不定期に崩されたら、あの子達が可哀想っす!!」
鬼らしからぬ発言である。