非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-52
「そう。【RAD】の調子はどう? 行けそうかしら」
「ええっと…はい、実行しようと思えば出来るんですけど…その、『らど』…って、何なんですか?」
声の距離からして、極近くに居るらしいアブリスちゃんが姉さんに疑問を返す。
恐らく、自分でもよく解らないと言っていた、二十数個ある機能のうちの一つの事に違いない。
「一概にどうなる、と言い切ってしまえるモノではないのよね。まあ、だから、『実験』をするのだけれど」
聞き逃すことの出来ない単語が姉さんの口から零れた。
『実験』。
姉さんの好きな言葉ランキング、上位三位には入るのではないかと思われるその言葉は、俺の嫌いな言葉ランキングでは、ブッちぎりで第一位だった。
『姉さん、実験って…何をするつもりなんだ…?』
「大丈夫よ、すぐに終わるから」
答えになってないんですが…。
「さ、アブリス。もっと密着しなさい」
「あ…はい」
ふに…と、座っている俺の膝の上に、何やら柔らかな感触と重みが。
状況から推測するに、今、アブリスちゃんは俺の膝の上に、向き合って座っているらしい。当然、俺は椅子に座ったままなので、アブリスちゃんはきっと物凄い格好になっている気がする。
『は、はは…何だろ…この、嬉し恥ずかしな展開は』
良いね、実に良いよ…!! 実験、捨てたモンじゃないよ…!!
「それじゃあ、【RAD】実行、よ」
「はい…A wheel turns and fate changes…R-A-D…Execution」
俺の間近で、ボソボソと囁くようにして、呪文か何かを唱えるアブリスちゃん。
と、次の瞬間。
キィーン…と、嫌な感じの耳障りな高音が、俺の周囲から聞こえてきた。それに伴い、嫌な予感も膨れ上がってくる。
…あれ…? 何か、動いてる…?
いつの間にか、俺の脚は地面から離れており、椅子ごと宙に浮いたような状態で、ゆっくりと移動…いや、回転していた。
「…おかしいわね」
姉さんが、とんでもない事を呟いた。
『お、おかしいって、何が…?』
「いえ、何でもないわ」
『ちょっと、待ってよ!! 姉さん!!』
「聡が気にする事ではないから、大丈夫よ」
『おお俺、かか完全に渦中の人物なのにィィィッ!!』
その頃になると、初めはゆっくりだった回転速度も、毎秒2回転程に達していた為、回転に弱い俺の胃袋と食道はシクシクと軋み始めてきていた。
『は、吐く…ぅぉ』
「我慢なさい」
『む、無理ぃ…ぐぁ…』
「遊佐間先輩…そのままでお吐きになられますと、大変な事になってしまいます…」
そうだった…俺の顔面にはセロテープというモノが…。
この状態で吐いたら、吐瀉物は俺の顔面とセロテープとの間に満たされてしまう。
い、嫌だ…それだけは嫌だ…でも、吐きそうだ…。
『とと…止めて…っ』
「仕方が無いわね…アブリス、止めてあげなさい」
「ととと、止める…ってぇぇぇ、いい一体、どどどうやるんですかぁぁぁぁうぅぅぅぅひぁぁぁぁ…」
俺と共に高速回転しているアブリスちゃんが、絶望的な事を言い放つ。
「…だそうよ。まあ、『出るものは出した方が良い』と、昔から言う事だし、ね」
既に、姉さんにツッ込む気力も余裕も無い。
ああ、もう…駄目だ…限界…。
――さようなら…俺。