非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-50
「そ、それを僕に聞くのかい…? ええと…あ、ドドメ色はそんなに汚い色じゃないよ?」
「微妙にフォローになっていないぞ、笹倉」
『まあまあまあ!! それはともかく!!』
「…自分で振っておいて、何なんですか」
『早く帰りましょう!! ボディーへと帰還して『私』から『真・私』になるために!! もしくは『ネオ・私』になるために!! ああっ!! どっちも捨てがたい!!』
「…どっちでも良いですよ、そんなの」
呆れた妃依が溜息を吐くのと同時に、店内へ新たな客が訪れた。
「あっ…いらっしゃいませー…って…悠樹さん…」
一人来れば二人、二人来れば三人と…この店は将棋部を引き付ける匂いでも発散しているんだろうか? と、和馬の中で職場に対する言い様の無い不安が広がる。
「あれぇ? ひよちゃんに…美咲ちゃん? あはは、美咲ちゃん凄いカッコだねぇ!!」
唐突に現れた将棋部部長は、美咲を指差して爆笑していた。
「あ…こ、これはだな…」
「いいなぁ、私も着たいなぁ」
言うが早いか、悠樹は美咲にダイブして抱き付いた。
「よ、よせ!! 杵島!!」
「あは、美咲ちゃんのおっきぃー」
「うぁ…こ、こら…お前、酔ってるな!?」
そんな同級生女子達の戯れを微笑みながら鑑賞しつつも、和馬は嘆息しながらこう思っていた。
――どうして、こういう時に限って聡は来ないんだろうか…と。
「えぇー? ひよちゃん達、聡君ちに泊まってるの? 何で?」
「…ええ…まあ…成り行きで」
「私はバイトだ」
教えると何となく面倒な事になりそうで嫌だったのだが、アルコールによって目の据わっている悠樹に『二人とも何してるのぉ?』と管を巻くように執拗に問われ、二人はとうとう口を割ってしまったのだった。
「いいないいな、私も泊まりに行こうかなぁ」
言葉では迷っている風だったが、明らかに泊まりに行く気満々の様子である。
「別に構わんとは思うが…これ以上人が増えるのは、あまり好ましい事ではないな」
「…燐ちゃんもいますからね」
それを聞いた和馬は、
「は、はは…何故だろう…無性に聡が妬ましくなってきたよ」
自分が汗水流してバイトに明け暮れる中、幼馴染の彼だけが、どうしてそんな降って湧いたような幸運にありつけるのだろうかと、ここには居ないその幼馴染に向かって怨嗟の波動を飛ばした。
しかしその頃、その幼馴染はちっとも幸せな状況には居なかったのだが、和馬には知る由も無い。
「じゃあ、私、家に帰って準備したらすぐ行くねぇ!! また後で!!」
ピッと元気に手を挙げ、結局、悠樹は何も買わずに店を飛び出して行ってしまった。
悠樹が去った後、十秒ほど沈黙が支配していた店内だったが、妃依が静かにその沈黙を破った。
「…酔っ払ってましたね」
「ああ、しかも、確実に酒を持ってくる気だな…アレは」
「…私、お酒とか、飲めないんですけど…個人的にも、年齢的にも」
「私だってそうだ」
『まさか!! 彼女さんはお酒を持って来るつもりなんですか!?』
悠樹がいる間は一言も口にしなかったヘクセンだったが、聞き捨てならない言葉をセンサーに捉え、思わずそれを確認せずにはいられなかった。
「…まさかも何も…多分、持ってくるんじゃないですか、あの調子だと」
『いけません!! 由々しい事態ですよ!? これは!!』
常と同じ騒がしさの中に、多分の焦燥を込めて叫ぶ。
「…何がどうしたって言うんですか」
『琴葉様にお酒を飲ませてはいけません!! ええ、もう!! 駄目、絶対!! ですよ!?』
「それは何故です? メイドさん」
『彼女さんと琴葉様が酒盛りを始めてしまったら…!! 死傷者多数行方不明者多数の大惨事的イベントに!!』
「…あ…そう言えば、聡先輩もそんな事を言っていたような…」
もっとも、『具体的に何がどうなる』とは聞いていなかったので、死傷者やら行方不明者やらが出るような壮絶なモノだとは思っていなかった。まあ、きっと、ヘクセンさんが誇張した例え話だろう…例え話だと思いたい。