非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-49
「冷やし中華にはゴボウが必須だというのに…何故、ここには無いのだ」
「…普通、入れませんよ、ゴボウなんて」
『普通にこだわるそのスタンス!! ああっ、発展性がありませんね!! マスター!!』
結局、妃依達は仕方なく、ヘクセンの事を回収してから商品を物色していた。もちろん、店の迷惑になるかもしれないと踏んでの事である。
「そんな筈は無い。あの食感が無ければ、冷やし中華など、ただの冷やし麺ではないか」
「…たとえゴボウがあったとしても、アク抜きが大変ですから…キュウリとモヤシで我慢してください」
『む、無視ですか!? そうやって私の存在を徐々にフェードアウトさせてゆくつもりですかぁっ!? 血も涙も汗も体液も無いですね、マスター!!』
「…麺は、五人前でいいんですよね」
ヘクセンの抗議は当然の様に無視された。
「琴葉先輩と、遊佐間と、湖賀と、あの女の子と、私と、お前で…六人前だろう?」
「…ちょっと待ってください…『あの女の子』って…」
「遊佐間と一緒に帰ってきた、小学生くらいの子が居ただろう」
「…あの子は、ヘクセンさんと同じ、琴葉先輩の造ったロボットですよ…」
「そ、そうか…? でも、食事くらいはするんじゃないのか?」
『幼女さんに接続した際に確認したんですが、幼女さんも食事が出来る仕様にはなっていないみたいですよ!! まあ、する意味がありませんからね!!』
買い物篭の中にぞんざいに放り込まれていたヘクセンは、ここぞとばかりに気持ちだけは胸を逸らして答えた。
「…今のヘクセンさんには、食べる真似すら出来ませんけどね」
妃依はキュウリを諸手に持ち、ソレの品定めをしながら、冷笑混じりに呟いた。
『ええ!! そうですとも!! はっはっは!! だからなんですかマスター!! 何が言いたいんですかマスター!? ああもう、この憤りをどこに噴出すればよいのやら!!』
しかし二人は申し合わせたように、喚き散らすヘクセンを無視し、ハムとドレッシングを探す事に専念していた。
「えー…と、2499円になります」
「これは、やはり…私が払わなければならないのだろうか」
「…」
ちらりと視線を送ってくる美咲に対し、妃依は無言で頷いた。
「そ、そうか…」
がくりとうな垂れて、美咲は渋々財布を取り出した。
『前代未聞のケチッぷりですね!! マスター!! 度量の狭さが滲み出てますよ!?』
「…節約しているだけです」
「他人に奢らせるというのも、節約の内に入るのか…?」
「…入るんじゃないでしょうか」
「はは…何だか、聡みたいだね…その言い訳」
何故か後輩に奢らされている美咲の事情はさて置き、奢らされているその姿は、和馬にとって他人事には思えなかったらしい。
「…副部長…何か」
「は…はは…」
氷柱で額を貫かれた様な錯覚に陥るほどの視線を受け、和馬は沈黙せざるを得なかった。
『『朱と交わってドドメ色』と言いますし!! 弟様の影響をモロに受けているんでしょうね!! マスターは!!』
「…間違い云々はともかく、ドドメ色って何色なんですか」
『マスターの心の様な色ですよ!! ええ、もう!! 轢死体のハラワタの様な、えげつなくてグロテスクな感じですかね!?』
「…どう思いますか、副部長」
妃依は目も合わせずに、生気の無い声で問い掛けた。