非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-43
『…』
居間には、異様な雰囲気が漂っていた。
一同は、各々トランプを額に掲げ、沈黙している。が、その視線だけは、他の人間が持つトランプに注意深く注がれていた。
「いいのか? ひよちゃん」
沈黙を破るように聡が言った。
「…何がですか」
聡とは目を合わせず、妃依の視線はただ、聡の額のカードに向けられていた。
「それは、かなりまずいぞ?」
「…先輩こそ、少し、考えたほうが良いと思いますよ」
インディアンポーカー。静かなる心理戦。いまいちルールの解っていないアブリスだけが、場の異様な雰囲気に気圧されていた。
「確かに、遊佐間、貴様の数字は宍戸よりもはるかに…いや、何でもない…クク…」
「うっ…いや、そんな見え透いたブラフには引っかからないぞ…?」
「で、どうなの? 誰も、降りないのかしら」
「わたくしは…勝負をいたします…」
「えっと…兄様が『降りた方が良い』と言っているので、わたしは降りますね」
アブリスは、テーブルの上にカードを置き、緊張感から解放されたように息を付いた。
「ひ、卑怯だぞ!? アブリスちゃん!!」
「構わないわ…初心者には良いハンデよ。とは言え、アンファング。次にそれらしい動きを見せたら…解るわね?」
何も無い虚空に向かって、鋭い視線を向ける琴葉。その一瞬、視線を向けられた虚空が揺らいだ。
「あ…に、兄様が『…了解した』って…凄く、怯えてます…」
そう伝えているアブリスも異常に怯えていたが。
「じゃあ、アブリス以外は、勝負でいいのね?」
「ああ、俺は行くぞ」
「…当然です」
「私も構いませんが」
「はい…勝負いたします」
何故、インディアンポーカー如きに、これ程まで本気になっているのかというと、『+王様ゲーム』ルールが適応されていたからだった。
勝った人は、最も数字が低かった人(降りた人以外)に好きな事をさせることが出来る、という無謀なルールで、当然、琴葉の思い付きである。
「じゃあ、勝負、ね」
バッ、と一斉に、額に掲げていた札をテーブルに置く。
各々、自分の数字を確認して、心底ホッとしたり、こみ上げる笑みを隠せずにいたが、ただ一人だけは、声も出せずに顔を引き攣らせていた。
例の如く、遊佐間聡、その人である。
「『1』って何だよ…? ありえない…」
将棋部ローカルでは、『ジョーカー>K…2>A』の順で強いのである。
「…だから、言ったじゃないですか…少し考えた方が良いですよ、と」
とは言え、『3』だった妃依も、かなり際どかったのだが。
ちなみに、美咲は『J』、燐は『8』、降りたアブリスは聡と同じく『1』だった。
「それじゃあ、勝者は私かしら…? フフ…」
自分の札である『Q』を指先でヒラヒラと弄びつつ、琴葉がいやらしく微笑んだ。
「とは言え、聡が相手だと、罰ゲームもどこと無くマンネリだわ」
「マンネリ化するほど、俺に無茶な事をさせてるからだろ!?」
涙ながらに訴える。だから、もう嫌がらせはやめてくれ、と心の叫びを乗せて。
「そうかしら?」
心の叫びは、姉の心には全く届いていなかったようだ。
「そうなんだよ!!」
「何か不満があって? 私は概ね手加減していたつもりなのだけれど」
「そりゃ、姉さんの物差しではそうだろうさ…」
「まあ、今はそんな事より罰ゲームの内容を考えるべき時よね」
「えぇー…」
もはや不満の声にすら力がない。