非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-38
「450円くらいで壊れるなよ…」
「…お願いがあるんだ、聡」
和馬は唐突に真面目な視線を聡に向けて、そう言った。
「な、なんだよ急に」
「今度から、ここに来る時には、少なくとも500円以上は持ってきてくれないかい…?」
「それには了承しかねるな…俺、財布とか持ち歩かない主義だし」
わざわざ持ち歩かなくとも、財布の中身は常にゼロ付近なので、問題は無いのだった(それ自体が問題なのだが)。
「せめて…何か見返りが欲しいよ…僕だって血の通った、一人の人間なんだからさ…」
「そ、そこまで思い詰めてるのかよ…うーん…仕方ないな、これをやろう」
と、この店に入る前にアブリスから返された『モノ』を差し出す。
「なんだい…? この、金属棒は…」
「これは、持っていると幸せになれる棒だ。お前にこそ必要なモノだろう」
いかがわしさ100%だった。が、疑いつつも、和馬はそれを手に取った。
「幸せになれる棒? …何か、音、いや、声が聞こえるよ…? この棒」
『…す〜…す〜…』
「それは、幸せの妖精だ。さっき眠ったみたいだから、それは寝息だな」
当然、それは幸せの妖精などではなく、ここに来る途中、大容量のデータを送信した所為で疲弊し、スリープモードに入っているヘクセンである。
「これは、何かの悪戯グッズかい?」
「違う。正真正銘、力のある品物だぞ」
ある意味、嘘ではない。
「…まあ、一応は、貰っておくけど…」
「そうか、それは良かった。あ、俺達、早く家に帰らないといけないから、じゃあな。はっはっは」
と、聡は似合わぬ笑い声を上げながら、アブリスの背を押して早々に立ち去ったのであった。
眠りに就いたヘクセンを和馬に託して。
聡達が燐の家に到着した頃、燐は既に遊佐間家に着いており、琴葉から一通りの事情を聞かされていた。
「…それでは、遊佐間先輩達は、わたくしの家に…?」
「ええ…入れ違いになってしまったようね」
「すいません…妙なタイミングでお邪魔してしまったばかりに…」
「フフ…構わないわよ。私は、貴女が来てくれただけで嬉しいのだから」
琴葉は、燐の隣に座り、手で彼女の髪を梳きながら、微笑む。
「あの…ところで、お姉様…」
「何かしら」
「玄関に、見覚えのある女性物の履物が二、三足見受けられたのですけれど…どなたか、いらっしゃっておられるのでしょうか?」
「ええ、妃依と美咲が来ているわよ」
「え…? 妃依ちゃんは…ともかく、美咲先輩…ですか?」
意外な名前に首を傾げる。
「ん…そうだわ、あの雇われメイド。お客が来たにも拘らず、眠っているとはどういう了見なのかしらね…」
琴葉は表情を尖らせると、すっ、と立ち上がり、弟の部屋へと歩き出した。
「? …お姉様?」
「ああ…燐、少し待っていて頂戴。今、使用人を起してお茶を出させるから」
「は、はぁ…」
何の事やらさっぱり、という顔の燐を残し、琴葉は聡の部屋へと入って行ったのだった。
その後、部屋から出てきた『巫女』を目の当たりにして、燐が混乱する事になったのは、言うまでも無い。