非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-37
「まあ、今すぐに帰るってのも馬鹿らしいし…丁度、俺はコンビニに行こうと思って出て来た訳だし。コンビニにでも行くか?」
「コンビニ…?」
小さく呟き、首を傾げるアブリス。
「あれ? アブリスちゃん、コンビニ知らないの?」
汎用データベースすらインストールされて無いのだろうか? 姉の作ったアンドロイドにしては、やけに機能が少ない。普段なら、そう、例えばヘクセンの様に、無駄に多機能だったりするのだが…。
「はい…わたし、あんまり、知ってる事、多くないんです」
「じゃあ、姉さんは、キミにどんな機能を付けたんだ?」
「それも…詳しくは教えてもらってません」
怪しい。絶対に怪しい。『多機能こそ真の藝術』と言って憚らない我が姉が、無機能で、無抵抗なロボットを作るだろうか…?
「まあ、いいか。深入りして怪我するのも嫌だし」
と、追求はあっさり諦め、聡を先頭に、一向はコンビニへと向かったのだった。
「い、いらっ…しゃ…」
入店した聡の顔を見るなり、レジに立っていた店員は、レジカウンターに崩れ落ちた。
「おいおい…その反応はいくらなんでも酷いな」
「何となく、来るとは思ったんだよ…けど、本当に来るなんて…」
「別に、俺が来たっていいだろ?」
「どうかな…? 最近、聡が来て、(和馬にとって)何事もなく無事に帰る回数は、だんだんと少なくなって来ているんだけれど…」
「そ、そうか?」
「まあ、それは置いておくとして…あの、見るからに聡の血縁ではなさそうな女の子は一体誰なんだい?」
和馬は、コンビニの中を物珍しそうにウロウロしているアブリスに目を向けて問うた。
「ああ、あの子か? アブリスちゃんだ」
「あ、あぶりす、ちゃん? 随分、親しげな呼び名だけど…まさか…」
「いや、何を想像しているのかは知らんが、それは…無いぞ…うん」
言っていて、逆に、例の事を思い出してしまい、答えが尻すぼみになってしまう。
「ああ…っ!! なんて事だろう…妃依さんには、黙っておくよ…」
「いや、だから!! 違う!! 勝手な解釈をするな…!! ん…?」
聡は、くいくいと服を引っ張られている事に気が付いた。
振り向くと、アブリスが顔を恥ずかしそうに俯けていた。服を掴んでいない方の手には、何やら少女漫画を持っている。
「…もしかして、それ、欲しいの?」
「あ…は、はいっ…!! 出来れば、買ってもらいたいです…」
「別に、いいけど…」
「ほ、本当ですか…!?」
アブリスは、先程まで避けていたのが嘘の様な笑みを、聡に対して浮かべた。
「じゃあ、それ、コイツに渡してやって」
「はい、わかりました」
元気良く答え、手にしていた本をレジに置く。
「えっと…450円になります」
言いつつ、和馬は、聡に目を向ける。
「無い。奢れ」
即座に答える。
「は、ははは…ありえないよ、聡」
「黙れ、この子の期待に満ちた笑顔を崩す気か、貴様は」
言われて、視線を落し、アブリスの顔を見る。真っ直ぐな瞳、きっと、この本が手に入ると信じきっている目だった。
「う…ぅ…無理だ…僕には…この子を悲しませる事なんて出来ないよ…」
「そうだろう、そうだろう。だから、奢ってくれるな?」
「はははは、は…やっぱり、こうなるんだね…」
泣きながらそう言って、和馬は自分の財布から450円を取り出すと、レジへと仕舞い込んだ。
「はい…どうぞ」
漫画を袋に入れて、アブリスへと手渡す。
「わぁ、ありがとうございます!!」
受け取ったものを胸に抱き、にこやかに微笑む。
「僕は幸せだなぁ。ふふ…そう思っていれば、本当に幸せだよ…」
そう言う和馬の目は全然笑っていなかった。