非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-36
「だ、大丈夫だよ? 別に、俺、何もしないから」
なるべく警戒されないよう、微笑みながら優しい声で言う(もっとも、顔は引き攣っていたが)。
「や…ゃ…ぁ…」
トン、と、背中が壁に当たり、後退出来なくなったアブリスは、近づいてくる聡を、怯えきった泣き顔で見上げた。
「うぉ…これじゃあ、俺、本物の変態じゃないか…」
『全く!! 何をしたらここまで怖がらせる事が出来るんですか!? ああ…もういいですよ!! この際仕方ないので、私を置いて渡してください!!』
「そうするしか…ないか」
これ以上アブリスを刺激しては、その上で姿を隠している飛行砲座に撃たれかねない。
聡は、ヘクセンを地面に置くと、五歩ほど離れた。
それを確認して、アブリスは五歩近づき、屈んでヘクセンを手に取った。
『はい!! では、幼女さん!! 心の準備はよろしいですか!?』
「う、うん」
『じゃあ、まず!! 私を口に咥えてください!! ぐぐっと!!』
「な、なんじゃそりゃ…!!」
その行為の意味について、聡の脳内では、やはりというか、色々とおかしな方向に変換されていた。
『そういう仕様なんです!! ヤラシイ事を連想しないで下さい!!』
「あ、いや…俺の事は気にするな。だから、さあ、やっちゃってくれ」
期待の眼差しを向けながら、言う。
『そうですか!? じゃあ、やっちゃいましょう!! さ、咥えてください!!』
「うん…はむ…ほれでひいろ(これでいいの)?」
アブリスは何の疑いもなく、ヘクセンを口に咥える。
『更に深く!! その方がデータ送信速度が早まりますから!!』
「ん…も、はいららいおぅ(はいらないよ)…ふるひい(くるしい)…」
『その位でOKです!! では、送信しますよ!?』
「〜…!! …けほっ、けほっ…はぁっ…はぁ…も、もう、終わったの?」
ずるりと口からヘクセンを抜き、目に僅かに涙を湛えて言う。
『ええ!! 終わりましたよ!! って…弟様!? 何をニヤニヤしてるんですか!?』
「気にしなさんな…ははは」
聡は妙に満足気だった。
『確実に卑猥な妄想を繰り広げている事は確かですが…!! まあ、良しとしましょう!! それより、どうですか!? 幼女さん!! ニンジンさんと通信できますか!?』
「え…? あ!! うん、聞こえる!! 兄様の声、聞こえるよ!!」
『そうでしょう、そうでしょう!! 私の計算に狂いは無かった!! さすが私!! こんな姿になっても高性能!!』
「ありがとう!! ヘクセンちゃん!!」
ズキュゥゥゥン…
『は、ははは…!! 造られてこの方、心から『ありがとう』などと言われたのは初めてですよ!? 何と心地よい響きでしょうか!! ああもう!! どういたしまして!!』
ヘクセンは、喜びの余り、やたらとハイになってしまった。
「えっと、兄様も『我輩からも礼を言わせて貰おう、棒よ』って」
『棒じゃありません!! ヘクセンですよ!? ニンジンさん!!』
ヘクセンは、自分がされて嫌な事を、他人にしても平気な性格だった(しかも無自覚)。
「お…っと、着いたぞ二人…いや、三人とも」
アブリスはともかく、棒状態のヘクセンとアンファングは『人』と数えていいのだろうか、と、聡は一瞬悩んでしまった。
「え…? 出掛けたんですか?」
「はい…お嬢様は、先程、遊佐間様のお宅へとお出掛けになられました」
「そっか…行き違いかぁ…じゃあ、どうも、失礼しました」
「こちらこそ、何の御持て成しも出来ずに、申し訳御座いませんでした」
と、俺は、湖賀家の家政婦さんとのそんなやり取りを終えて、三人が待っていた門の前まで戻ってきた。
「いやあ…ホントに、居る所には居るんだな…ああ言う、『本物の』家政婦さんって」
やけに『本物の』を強調するのは、『似非な』奴に対する抗議である。
『な、何ですか…!? 私の方を見て!! 期待されてもこんな姿では出来ることも出来ませんよ!?』
「いや、別に期待はしてない」
「あ、あの…聡様…燐様は…?」
アンファングと会話が出来るようになり安心したのか、アブリスと聡は、話が出来る位に関係が改善していた。これは、ヘクセンのお陰と言う他ない。
「どうやら、ウチに行ったみたいだ。まあ、どこかですれ違ったのかもね」
『無駄足ですか!? ああっ!! 何て事!! こんな姿になってまで外に出てきたと言うのに!!』
「無駄足って…お前、歩いて無いし」
『気分的な問題なんです!!』
やはり、棒の姿でいるのは屈辱的らしい。