非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-3
「…何で、ハートとか羽とか付いてるんですか、コレ」
今回のステッキは、確実に前の物よりも『それ』っぽかった。
「雰囲気が大切ですからね!! きっとハートの部分は回転しますよ!?」
「…やだな…コレ」
「我がままを言わないでください!! はい!!」
無理やり手渡されてしまった。
「…呪文、どう言えばいいんですか」
「ええとですね!! 『マジカル、カラミティー、ジェノサイドパワー!! ヘクセンよ自由になぁれ(はぁと×2』って感じでお願いします!! もちろん動きも付けて!!」
妃依は眩暈がした。
「…どうして前よりも…微妙に酷くなってるんですか…」
「酷い!? こんなにも可愛さを演出しているというのに!! 不満ですか!?」
「…どこまでも不満だらけですけど」
「ふっふっふ…!! しかし、そのステッキを持ってしまったからには嫌でもやるしかないんですよ!! マスター!!」
「…それは、どういう…っ」
妃依は戦慄した。身体が動かない…!! 一体何が…。
「そのステッキはモーションアシスト機能を搭載してまして、自動で振り付けを再現してしまうのですよ!! 逆を言えば、それ以外の動きを制限する事も可能!! さあ、最早逃げ場はありませんよ!! マスター!!」
「…くっ…こんな事をしてまで…」
まずい…手が…足が…勝手に動いて…『可愛い』ポーズに…!!
「はっはっは!! 滑稽ですねぇ!! マスター!!」
ヘクセンは我を失っていた。妃依を陥れる事が出来たという事実が、目的をメモリーから吹っ飛ばしてしまっていた。
「…ま、マジカル、カラミティー…ジェノサイド…パワー…」
妃依は、ぽつぽつと、苦しそうに詠唱し始めた。合わせて身体も勝手に(可愛らしく)動く。
「ようやく観念しましたか!! ああ、何故だか凄く優越感が!!」
「…へ、ヘクセンよ、私に絶対服従せよっ」
ビシッとステッキを突き出すと、先端の回転するハートから桃色の光が迸った。
「なっ!! なんですとぉー!?」
光を受けて、一瞬ガクリ、と膝を折るヘクセン。
「…さあ、コレで、何も問題は無くなったわけですよね」
クク、と陰湿な笑みを浮かべる妃依。
「な、何て事を…!! マスター!!」
「…とにかく、悠樹先輩の家まで案内してください」
ステッキをヘクセンに返しながら、妃依はにこやかに言った。
「は、はいぃ…っ!! ああ、逆らえない!! 逆らう事が出来ない!! うわあああん!!」
留守番をサリィに任せて、ヘクセンの案内の元、妃依は先輩達の後を追い、杵島邸へと向かったのであった。
その頃、杵島家リビング。
聡はここに来る時は常にそうなっているように、今回も大いに動揺していた。
「あ、あの、さ、冴子さん…!! ち、近いですってば…!!」
「でも、近づかないと、口移しが出来ないし」
原因は杵島冴子、悠樹の母の所為であった。
現在、食事の最中、のはずなのだが、聡の前には食事の用意はされていなかった。
ただ、隣に座っている冴子から食べ物だけが間接的に渡されようとしているのだが、聡はそれを必死に拒んでいた。
「ほら、口を開けてくれないと、食べさせてあげられないじゃないか」
「い、いいですから!! 自分で食べます!!」
テーブルを挟んだ向かい側では、琴葉と悠樹が、聡の様子ををニヤニヤした目で眺めながら食事をしていた。この場所に聡にとっての味方は誰も居なかった。
「叔母様、きっと、聡は照れているんじないかしら」
「そうだね、聡君、スナオじゃ無いもんね」
(聡にとって)最悪の事態であった。朝起きたら既にここに連れ込まれていたのだ。もう、逃げるとか逃げないとか、そんなレベルではなく、回避不能だった。
「さ、冴子さん、俺、実は今日、大事な用事があって…」
とにかく、この場を何とか誤魔化そうとして、聡は思わず、誰が聞いても嘘だと解るような言い訳を口にした。
「それ、私へのプロポーズ?」
何故そうなるのか。まあ、冴子さんに何を言ってもこうなる事は解り切っていたのだが…。と、
「うわあああ!! 腰に手を回さないでください胸を押し付けないでくださいうなじに息を吹きかけないでください!!」
少しでも気を緩めると、冴子が直接的に干渉してくるため、聡は気が気ではなかった。